ルイは鷹を呼ぶ
一次創作サークル
~カミカゼ -蒼キ空ノ花-~ 男1:女1 上演時間:25分 作者:白鷹
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伊佐 千尋 ♀ 18歳
大きな荘園を持つ大地主、伊佐隆盛の娘。戦争が始まってより、食糧温存の為に粗食に努めていた。家族の所に突然現れた万世基地の軍隊数人へ慈愛の心をもって尽くし、日本の勝利を願う。華族との婚約が決まっており戦争が落ち着いたら嫁ぐ予定だが、沖田の願いを受諾した。
沖田 淳一 ♂ 19歳
名前も覚束ない田舎で生まれる。日本の未来を信じて、陸軍予科士官学校を経て陸軍飛行隊に入隊。万世基地、第210部隊彗星隊杉本隆中尉の指揮下に於いて特攻が決まっている。特攻に赴く前の数日間を基地から少し離れた田舎で過ごす恩給を貰った。優等生と言われて来た彼の本心は。
役表
千尋 (♀)・・・
淳一 (♂)・・・
淳一「あなたを抱きたい、と思っています。千尋さん」
千尋「よろしくてよ、沖田さん」
淳一「・・・え?」
千尋「だって・・・、あなたはもう間もなく死にますから」
淳一「・・・っ、千尋さんは、決してそんなに厳しくは見えないのにはっきり仰るんですね」
千尋「雰囲気や物腰が柔らかいとはよく言われます。けれどそれと性格とは関係ありません」
淳一「その・・・、いいと、言いました、けど」
千尋「ふふっ、沖田さんのお部屋に行きませんか? 少なくとも廊下で話すことではないと思います」
淳一「あ、そう・・・、ですよね」
千尋「伊佐家は江戸時代から続く地主の家系で豪農だったんですよ。土地が豊かだったので建築も大正時代に洋館になって、瀟洒な造りでしょう?」
淳一「僕はそれほど豊かな生まれではありません、田舎育ちです。ですから洋館は初めて見ます」
千尋「わたくし、舶来品が好きなんです。ほら、この燭台だってとてもきれいなフォルムだと思いませんか?」
淳一「・・・ふぉるむ?」
千尋「将来は舶来品を集めて美術収集家になりたいなんて、女の癖に、なんて父と大喧嘩をしたこともあります」
淳一「想像がつきません。千尋さんが、喧嘩ですか」
千尋「しますよ。わたくしは母や妹よりもよく喧嘩になるんです」
淳一「全然、そんな雰囲気には見えないので少し驚いています」
千尋「・・・けれど、父の言うようにとてつもない夢なんですよね。結局、二十歳(はたち)になる前に嫁げと、婚約者まで決められました」
淳一「・・・婚約。・・・あの、それでは僕の言ったことは忘れて下さい」
千尋「え?」
淳一「あ、いえ・・・。その・・・、少し酔っていたんだと思います。とんでもないことを言いました」
千尋「酔った勢いなんですか? それならわたくしは沖田さんを軽蔑しますけれど」
淳一「・・・っ、その」
千尋「遠慮されているのでしたら、どうぞそのお気持ちはお棄てになって下さい」
淳一「ですが」
千尋「お部屋、入らないんですか?」
淳一「・・・あ、女性と二人きりというのがなんだか落ち着かない、というか」
千尋「おかしな方ですね、誘ったのは沖田さんでしょう? どうぞ、お入りになって下さい」
淳一「・・・はい、失礼します。ベッドというものも初めてです。陸予士・・・、陸軍予科士官学校でも陸軍飛行隊でも布団でしたから」
千尋「では慣れない寝心地で恩給どころじゃありませんね。お疲れではありませんか?」
淳一「いえ、意外とよく眠れるというか」
千尋「まぁ」
淳一「眠らねばならない。食わねばならない。今を目一杯に生きねば後悔が残る、と追い立てられているようで気が気ではありません」
千尋「優等生だと聞きました。もしかして戦地に赴くのが怖くて怯えていらっしゃるんですか?」
淳一「まさか」
千尋「ですよね。あなたには日本の未来が懸かっているんです。それを誇りに思わず、怯えるなどと失礼なことを申し上げました」
淳一「・・・っ、そうですね。日本は勝ちます。僕たち神風特別攻撃隊はその為に命を棄てるのです。勝利を果たさねば何のための軍隊でしょうか」
千尋「鍵を掛けても構いませんか」
淳一「え」
千尋「人の部屋の扉を無言で開けるような方もいないとは思いますが、万が一にでも見られては困りますので」
淳一「あ、は・・・、はい。・・・あの、こういったことに抵抗はないんですか? 随分と慣れていらっしゃいますね」
千尋「・・・わたくしが怯めば、沖田さんは言葉を撤回なさるでしょう?」
淳一「それは、当り前です。深窓のご令嬢に・・・。突拍子もないことを言ったと思っています」
千尋「それで、後悔は残りませんか?」
淳一「・・・残らないと言えば噓になります」
千尋「わたくしは、沖田さんが軽率に女性を誘う方でないと思っています。ですから、相当に悩んだのだと思います」
淳一「僕は、皇国軍人として敵国に特攻することを誇りに思っています。大日本帝国が打ち出したこの背水の陣に勝るとも劣らない兵法に敵軍は今でも狼狽し陽動されていると聞きます。この戦法できっと勝てる、命一つ散らせば大きな戦果を挙げられる。既に特攻した上官や戦友に次いで僕達が特攻することで更に打撃を与える。・・・連合国に勝たねばならない」
千尋「えぇ」
淳一「未来の夢を見ます」
千尋「どんな」
淳一「青い空の下(もと)、操縦桿を握り沢山の戦友と共に敵母船に突撃して、先に逝った朋輩に迎えられる夢を」
千尋「きっと素晴らしい方々だったのでしょうね。沖田さんの仲間ですものね」
淳一「そして、空の彼方から日本の勝利を見届ける」
千尋「きっと勝ちます。そうあらねばならない、わたくしもそう思います」
淳一「僕は幼いころから優等生と言われなんでもそつなくこなし、称賛を浴びてきました。自分でも信じられないくらい立派だったと思います。そして飛行機と共に華々しく散る、悔いはありません」
千尋「立派ですよ。あなたの命と決意は皇国の宝物です」
淳一「十九年、己の生き方に何一つ悔いはない筈でした」
千尋「えぇ」
淳一「ですがただ一つ、女を知らずに命を散らすのは何がために男児に生まれたか判りません」
千尋「懸命に国のために戦い命を落とす方の願い、叶えなければわたくしにも後悔が残ります」
淳一「本当にいいんですか? 婚約者がいらっしゃる身の上で」
千尋「国の為を想い、死地に赴く若者一人の最期の願いを切り棄てるなら、そんな心無い所に嫁ぐ積もりはありません」
淳一「強いんですね」
千尋「強くありたいと、常に願っています。女だからと守られるだけの生き方だけはしたくない。人は同じくして男女は平等だと思っていますから」
淳一「・・・初めてあなたを見た時、僕はまるで西洋の絵画から抜け出してきたのかと思いました」
千尋「ふふっ、わたくしに男慣れしているだなんて。沖田さんだって十分に口説き慣れていらっしゃいます」
淳一「・・・っ、口説いている訳では」
千尋「ベッドに、入りませんか?」
淳一「そうですね。僕は、この夜をきっと忘れないでしょう」
千尋「あの・・・。余り乱暴にはなさらないで下さいね。初めてなんです」
千尋「いよいよ、万世基地に戻られるんですね」
淳一「・・・はい」
千尋「五日間などあっという間でした。もう、特攻のお日柄は決まっていらっしゃるのですか?」
淳一「そうですね。酷い雨天でなければ、日にちは変わりません」
千尋「十分なおもてなしができたかどうか判りませんが、沖田さん達の最期を飾れたことは伊佐家にとって最高の栄誉です」
淳一「・・・最期」
千尋「・・・沖田さん、顔色が優れませんがどうかされましたか?」
淳一「・・・、・・・たく、・・・ない」
千尋「え?」
淳一「・・・行きたくありません」
千尋「・・・なんて?」
淳一「死にたくない! 基地に戻りたくなどありません! 戻れば否応なく軍令が下されて僕は飛行機に乗らねばならない。片道分の燃料しか積まれない飛行機で敵母船に突撃しなければならない! 嫌だ、死にたくない!」
千尋「・・・何を仰っているのですか? この期に及んで死ぬのが怖いなどと、あなたには帝国軍人としての誇りはないんですか?」
淳一「誇りなんて要らない・・・。名誉も勲章も要りません! 死ぬのは、怖い・・・。僕はまだ生きていたい!」
千尋「一昨日、わたくしに言った言葉は偽りですか。あなたは軍人である自分を誇りに思っている、と仰いましたよね」
淳一「そうして、自分を偽っていなければ恐怖で壊れてしまう!」
千尋「その命を以て連合軍に勝利をもたらすのではないのですか」
淳一「日本の勝利を見ることもできないのに! そもそも本当に勝てるんですか!」
千尋:パーンッ(平手打ち)
淳一「・・・っう!」
千尋「弱虫」
淳一「・・・っ! ・・・千尋、さん」
千尋「日本の勝利のため命を懸けて戦うと思ったから、わたくしはこの身を預けたのに・・・、あなたがそんな弱気ではわたくしの餞は一体何の意味があったのですか! ただあなたの欲望の処理ですか? それなら私娼でも買っていらっしゃればよろしいのです! わたくしがそんな安い女に見えましたか! 同情だけで男性に身を預けるとお思いですか!」
淳一「違います!」
千尋「・・・何より、あなたが日本の勝利を信じなくてどうするんですか!」
淳一「本当は、みんなが恐れています。安易に命を懸けるためだったのか、と。今までの訓練は甲斐もなく、ただ飛行機に乗って敵陣に突っ込めばそれでいいなどと! 日本は狂っている」
千尋「元より、同じ人間同士で戦争を起こすこと自体が狂っているのです。けれど狂ってでも、その身を擲ってでも勝利を信じなければ日本の未来はありません! 戦争に勝たなければこの国は連合軍に蹂躙され、老人も子供も奴隷にされ、女は弄ばれるでしょう。そうならないために、皇国軍人に願うんです!」
淳一「願うだけの人は気楽でいいですよね」
千尋「・・・余り、軽蔑をさせないで下さい。そんなあなたに尽くしたのかと喉を突いて死にたくなります」
淳一「・・・済みませんでした」
千尋「代わって差し上げられるなら、代わってあげたいです」
淳一「・・・千尋さん」
千尋「こんなに沢山の命を奪ってもまだ足りないというなら、わたくしの命を奪ってもいいと思っています」
淳一「本気でそんなことを考えているんですか」
千尋「兄を、戦争で喪いました。妹の茜は知りません。わたくしが男なら、陸軍飛行隊に入隊し仇を打ちたい。兄を殺した敵軍を一人でも二人でも屠りたい、そう思っています」
淳一「あなたは、この戦争を憎んでいるんですね」
千尋「・・・はい。憎んでいるからこそ終わらせなければならないと思っています」
淳一「・・・そうですね。誰かが命を投げ出さなければ終わる戦争ではありません」
千尋「どうか、皇国軍人である誇りを投げ出さないで、日本を信じてください」
淳一「信じていますよ」
千尋「・・・沖田さん」
淳一「千尋さんが余りに優しいので弱音を吐きたくなったんです」
千尋「あなたの背中には日の丸があります。名誉が要らないなんて仰らないで下さい」
淳一「・・・千尋さん」
千尋「なんですか」
淳一「ありがとうございます。ここで過ごしたご恩を忘れません。そして、千尋さんと過ごした一夜を忘れません」
千尋「忘れて下さい」
淳一「・・・え?」
千尋「一昨日の夜のことはどうか忘れて下さい」
淳一「どうして」
千尋「忘れて戴かなければわたくしが困ります」
淳一「・・・困る、とは。どの道僕はもう」
千尋「昨晩のことは何人たりとも口の端に上らぬように気を払って戴けなければ、わたくしは婚約者がいながら不貞を働いたと不名誉な噂で笑い者にされるでしょう」
淳一「・・・不名誉? 千尋さん、あなたは」
千尋「一昨夜過ごしたわたくしとのことはお忘れください。間違っても遺書などにわたくしの名を記したりは致しませんよう、重々ご承知おきください」
淳一「千尋さんは、僕に馳せる想いはないというんですか」
千尋「ありません、何を勘違いなさっていらっしゃるのでしょうか」
淳一「僕は・・・っ! ・・・千尋さんが好きです」
千尋「ありがとうございます。けれどお気持ちも結構です。わたくしには不要です」
淳一「本当に、そう思っているんですか」
千尋「わたくしは、大日本帝国のためとはいえ、お若い命を散らす無念を不憫に思っただけです」
淳一「・・・不憫?」
千尋「ええ、不憫です。可哀想な人。己の命を費やすことを無念と言わずとして何と言いましょうか。これから先日本が戦争に勝ったとしてあなたはその名誉を感じることはできません。戦争の終わった幸せを感じることはできません。憐れだと同情を隠し得ません」
淳一「あなたの言っていることは矛盾している。誇りを持てと言ったり憐憫を隠し得ないと言ったり」
千尋「・・・そうですね。わたくしも戸惑っているのかもしれません」
淳一「どういうことですか」
千尋「あなたが甲斐もなく、死にたくないなどと仰るから。簡単に寝所を共にしたことを後悔しているのです」
淳一「・・・っ」
千尋「ですから忘れて下さい、沖田さん」
淳一「・・・そうですか、判りました。千尋・・・、いいえ。伊佐さん。短い間でしたが大変お世話になりました」
千尋「いいえ、至らぬもてなしをどうぞお許しください」
淳一「とんでもありません。感謝しております」
千尋「どうぞ、ご武運を」
淳一「敬礼! 日本の未来に幸あらんことを、皆様にご健康のあらんことを! ・・・ここで戴いた恩を胸に沖田淳一、潔く出陣し敵陣にて命を散らして参ります!」
千尋「さようなら。無様に生きながらえることのございませんよう日本男児としての務めを果たして下さい」
(間)
千尋「・・・ごめんなさい。あなたが潔く敵陣に特攻できるように心を残してはならない、そんな使命感だけで酷いことを言ったわたくしを、恨んでも構いません。・・・沖田さん、・・・淳一さん!」
千尋「運転手さん、少し車に酔ってしまったのだけれど、止めて戴いてもよろしくて? とても気持ちのよさそうな海が見えるので、風にあたって来たいと思います」
千尋(M)「昭和20年8月15日正午。第二次世界大戦、終戦
数々の帰らない人々を英雄と呼びながら迎えたこの日を、日本は決して忘れない
・・・淳一さん、終戦から半年。あなたが帰ったという報せはない。
そもそも帰って来る方ではなかったと判っていた筈なのに、わたくしはどこかであなたの帰りを待っていました」
千尋「手紙などにわたくしの名を記したりなさらないで、と言ったのに。淳一さん、そうお伝えする前にもう手紙を書いていただなんて。本当にどうしようもない人」
淳一「沖田淳一、明日、万世基地第210部隊彗星隊、杉田隆中尉の下に帰ります」
千尋「狡い方ですね。あなたは何も思い残すことなく空に散ったというのに、わたくしの心にこんな爪痕を残すなんて」
淳一「僕があなたを初めて見た時、ヨハネス・フェルメールの描いた絵画『真珠の耳飾りの少女』のように美しいと感じました」
千尋「わたくしはそんなに美しくありません。きっと最期に見る女性で勘違いをなさったのですね」
淳一「夢を見ました。情けなくも命を棄てきれずに日本に帰り、あなたを迎えに行く夢を」
千尋「きっと、そうなったらわたくしは恥晒しと淳一さんを罵倒するでしょうね」
淳一「こんな突拍子もない願など、聞き届けられるとは思っていませんでした」
千尋「普通はそうでしょうね。わたくしも自分の行動が未だに信じられません」
淳一「僕は還らざる人間です。千尋さんを抱いて初めて死を恐れました。それまでは陸軍飛行隊にいてもどこかふわりとしていて、死を感じることはありませんでした」
千尋「もしかすると、わたくしの存在が淳一さんに死への恐れを感じさせてしまったのかもしれませんね」
淳一「けれども死と向き合って感じました。初めて僕は生きているのだと。生きて来たのだと。刻一刻と死が近付くからこそ我が命に意味があるのだということを」
千尋「えぇ、淳一さん。あなたは間違いなく生きていました。わたくしはあなたに忘れられても構わないと思っていました。だって、わたくしが覚えていればあなたが生きた証になるでしょう?」
淳一「この大業を成し得た日に、千尋さんの幸せを願うばかりです」
千尋「こんな幸せを知ってしまったら、もう戻れないじゃないですか・・・」
淳一「千尋さん、あなたを愛しています」
千尋「私も、愛しています。淳一さん」
淳一「さようなら」
千尋「いいえ、もう間もなくあなたの元に参ります。淳一さん」
千尋「嫁ぐ積もりで家を出ました。けれどもわたくしは己の心に嘘はつけないようです。窓から崖が見えたんです。木立の隙間に、とてもきれいな青空の広がる崖を。淳一さん、あなたが見た空はこんなにも青かったのでしょうか」
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