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堕ちて鬼灯、毒華喰んで燃ゆ -鬼妖異聞録- 7話 ~虚妄(きょもう)~
男性2 女性8
 上演時間:120分 作者:白鷹 / 嵩音ルイ

〇台本上演の利用規約について

 下記ページの利用規約を一読したうえで、規約を守れる方のみご利用ください。

 https://call-of-ruitaka.fanbox.cc/posts/1761504

牡丹 (♀)(25歳)

 

若山随一の大見世、華屋のお職であり椿の姐女郎。華やかな色気と優しさと雅さで道中を歩けば大輪の花の様だと男達を沸かせる。しなやかな色気の反面気風の良さを併せ持っており、自身の見世に害が及ぶと怒鳴り込む事もある。正義感が強く心根も優しいので汚濁したものを見ると非常に驚き、気分を害するところもある。

 

鬼狽羅 (♀)(22歳)

 

かつて鬼灯島に棲んでいた鬼一族の首魁。原典の勇者オティスとは300年前からの因縁がある。毒を使う事に長けており、医学にも精通する。ヴァンハーフに協力して九尾狐の威津那を殺生石の封印から解放するのに協力し、威津那の力により若山遊郭へ時空間移動させられた。言葉遣いは京弁。倭の国に鬼灯島の面影を重ねて珠酊院の事などを思い出し郷愁の思いがある。

 

椿 (♀)(19歳)

 

大見世華屋の花魁。牡丹に次ぐ花魁であり次代お職の肩書を持つ。八歳の時に若山に売られて以来引っ込み禿として外部は勿論、見世の内部の者達にも隠してお育てられた。元来の美しさと見た感じの可愛らしさで男の気を引く。芯の通ったしっかり者で、頭の回転が早く根付く性格は非常に厳しい。蓮太郎と恋仲にある。時々廓言葉遣いを忘れる。

 

蓮太郎 (♂) (19歳)

 

華屋の若衆で料理番。生真面目で自他共に厳しく真面目な性格だが椿に関してはかなり緩い。華屋の元お職でもあった石楠花花魁の産んだ青年で大変な美形であり、よく陰間と間違われる。正義感が強く、冷たい表面とは裏腹にとても優しい。が、感情表現が苦手。怪異が起こった際に手の甲に刻まれた紋章から特殊能力を手に入れ、妖怪相手に戦う事が出来る。

 

オティス (♀) (23歳)

 

300年の封印から目覚めた「原典の勇者」。アンドラにより生み出された人造人間。顔も知らぬ誰かの幸せのため、そして他ならぬ大切なアニを護るために戦うことを選んだ。旅の途中立ち寄った原典世界の社に納刀されていた刀に触れて次元を超えた。そして若山遊郭に来てからもその志は変わらず悪質な実験を繰り返すヴァンハーフを止める為剣を取った。

 

アニ (♀) (12歳)

 

オティスの仲間。魔法使い兼料理担当。明るく好奇心旺盛で、疑問に思ったことはすぐ知りたがるタイプ。思ったことをすぐに行動に移そうとし、周りを焦らせることも。オティスのためになることは何かを常に考えている。若山遊郭の和風の料理にも非常に興味津々。回復と少々の攻撃魔法が使えるが直接の剣術等は持っていない。年齢の割にはしっかりした女の子。

 

鈴蘭 (♀)(18歳)

 

大見世、華屋で働く集合女郎。今回13番目の花魁が年季明けの為大門をくぐって出て行った為花魁に戻る好機を与えられた。元は振袖新造として位の高い花魁になる予定だったが、突き出し前日に他の客に破瓜を奪われた為、花魁としての道が閉ざされた筈だった。根本的に自分より能力の低い人を見下して自分の立場を確認する癖がある。

 

ヴァンハーフ (♂) (30歳)

 

君臨勇者と呼ばれる傑物。仮面で顔を隠しており、その素性は謎に満ちている。人間とは思えぬほどの規格外な魔力を持ち、あらゆる魔法を使役、開発する多彩な人物。勇者同盟の総締めであり、王家ともつながりがある。何やら巨大な計画がある為あらゆる事に興味を示し、どんなに些細な事象も実験の検証結果として記録する。若山でも何かの実験を行っているようだがその内容は計り知れない。

 

女将 (♀)(32歳)

 

華屋の楼主兼美人女将。見世の経営を遣り手任せにはせず自らもせわしなく働く。自分の見世の女郎たちをとても可愛がっており、何か女郎が失敗した時なども身体に傷を付けない為に折檻はせず、仕置き部屋に閉じ込める程度で済ませるなど、大切にしている。突如現れた怪異の者達に驚愕しながらもオティス達に協力する。

 

威津那 (♀)(20歳)

 

ヴァンハーフの実験により殺生石より封印を解かれて覚醒した九尾狐。ヴァンハーフと協力し何かを企てているが現在その謀(たばか)略の内容については判らない。性格は不遜で大変な我儘で自己中心的な上に堪え性がない。自身の目的の為ならば人間がどれだけ死のうが関係なく、女性は等しく皆己の餌だと言い張る。口調は古風な話し方で、命令口調が多い。炎系の魔法を使って攻撃する事が多い。

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【配役表】

椿   (♀):

蓮太郎 (♂):

牡丹  (♀):

女将  (♀):

鈴蘭  (♀):

オティス(♀):

アニ  (♀):

キバイラ(♀):

ヴァン (♂):

威津那 (♀):


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鈴蘭  「女郎の宿痾(しゅくあ)、と彼女は言った。それはわっちの罪なのだろうか? 遠く昔から、この若山遊郭には数多の女が連れられてきては、命を落としていった。わっちは牡丹花魁に憧れた。そのために花魁になりたかった。それだけなのに。逃げられない、逃がしてはくれない。花魁にも、女郎にもなれなかったわっちは――なにに、なるんでありんしょう? 答えは得られぬまま今日も女郎達は、男の袖を引くーーー。」

 

 

 

鈴蘭  「お前なんかさっさと地獄に落ちればいいんだ!!」

アニ  「およ? なんだろう? 裏庭の方から声が聞こえる」

鈴蘭  「せっかく決まった花魁名披露道中(おいらんなびろうどうちゅう)の客を取るなんてふざけんのも大概にしろ!」

女将  「いい加減にしないか!! 鈴蘭!!」

アニ  「女将さん! どうしたの?! え? うわわわわわ!! 鈴蘭さんが椿さん踏ん付けてる?!」

鈴蘭  「どうしたかって? あは、あはははは!! この汚らしい女がわっちの客を取ったんでありんすよ」

オティス「汚らわしい、って・・・? 椿ちゃん!! ちょ、踏みつける事ないじゃないか! 何やってるんだよ!」

鈴蘭  「椿は!! 人の客を取る事じゃ有名でありんす!! 何なら若山中の女郎に聞いてみればよろしんす!!」

椿   「わっちは、何も、しとらん・・・。そもそも、饗場屋(あいばや)? 聞いた事もない」

オティス「どういう事? 女将さん。あの」

女将  「客は相手をする妓(おんな)を一人しか選べないんだよ。なんでか知らないがその饗場屋様は一度出した差し紙を撤回して椿に差し紙を出したんだ」

アニ  「差し紙って・・・、紙、刺すの?」

オティス「手紙じゃないかな? それで女将さん、それは、その・・・、つまり、客が鈴蘭さんを裏切ったって事?」

鈴蘭  「裏切る? 聞く話では簡単に心変わりする様な方ではなかったそうじゃ!」

女将  「噂は噂だ! 鈴蘭、足を退けな!」

鈴蘭  「この女が意図的に取ったに決まってる!!」

椿   「・・・、格下の、鈴蘭程度しか選ばん客なん奪ったってたかが知れてる・・・」

鈴蘭  「なんてった? このクソアマ!!」

女将  「椿!! お前も煽る様な事を言うんじゃない!!」

アニ  「ひぇえ・・・」

オティス「女の戦いだ・・・こわ・・・っ」

鈴蘭  「はは! ざまぁないね! いつかあんたのそのお綺麗な顔を踏み潰して泥濘(ぬかるみ)に沈めてやりたいと思ってた!! 願い叶ったりだ! どう? 泥の感触は!」

椿   「・・・、着物、弁償してよね」

鈴蘭  「自分で買えよ! わっちの客を奪った金で買えばいいだろう?! ほーら、もっと味わえよ!!」

椿   「・・・っ! げふっ」

アニ  「椿さん!!」

蓮太郎 「椿!!」

鈴蘭  「あーあ、間夫のお出ましだ・・・。さて、帰ろう」

アニ  「椿さん! だ、だ、大丈夫?」

蓮太郎  「・・・鈴蘭さん、待って下さい」

鈴蘭  「若衆程度に呼び止められて『はい、なんですか』なんて立ち止まったりしんせんよ。そんじゃあ」

女将  「鈴蘭! 待ちな!」

鈴蘭  「・・・、あーもう、鬱陶しいなぁ。どうせ椿に謝れって言うだけでありんしょう? 断りんすぅ」

アニ  「な、なんか、みんな、落ち着いてよ・・・。怖いよ」

鈴蘭  「おんし等なん一度でも男にお開帳してから物言いなんし!」

アニ  「鈴蘭さん・・・、なんでそんなみんなに喧嘩を売るの? どうして? あたし達何かしたかな?」

女将  「椿、さぁ起きな・・・、酷い目に合ったね。風呂が沸いているから事のついでに流しに行っといで。・・・ん?」

オティス「女将さんどうしたの?」

女将  「なんだい、これは・・・? 椿の着物に・・・、蜘蛛の糸のようなものが沢山」

椿   「ひ・・・っ?! いや!! 嘘?! え? あ、あたし・・・?!」

蓮太郎 「椿、落ち着け。大丈夫だから」

アニ  「あっ!! そうだ蓮太郎さん!! ちょっとこっち来て!!」

蓮太郎 「え、なんでしょう? 俺は椿の」

アニ  「なに? 椿さんと一緒にお風呂入るの?!」

蓮太郎 「何を言ってるんですか?!?! そんな筈ないでしょう!!」

オティス「どうしたの? アニちゃん珍しく怒って」

アニ  「あっ! お姉ちゃんにも言いたい事だから一緒に来て!! もー、あたしはぷんぷんなんだからね!!」

オティス「私もなの?!」

 

 

 

ヴァン 「そうか、そうか・・・ふむ・・・、良い傾向だね」

威津那 「何じゃそれは、小さな蜘蛛。お主、気味の悪さが増しておるぞ」

ヴァン 「この子蜘蛛達は町中、もっと広い所の情報を伝えてくれるんだ」

威津那 「情報は必要じゃからの。はむ・・・、じゅる・・・、ふむ穢(けが)れてはおるが不味くない」

ヴァン 「順調だよ。しかし・・・それは、僕が連れてきた覚えがないよ?」

威津那 「あの小娘が差し出してきたおなごじゃ。よもや、そなたが操っていたものかと思うておったが」

ヴァン 「・・・鈴蘭は、僕の意識で稼働していないんだ」

威津那 「成る程? 妾に贄を差し出す事で我等を味方に付けようとしておるのか」

ヴァン 「執念か、それとも憎悪か。一度彼女の好きにさせてみようと思ってね」

威津那 「それでいいのか共犯者? ここのおなご達は様々に妄執が強い。狭い世界がそうさせたのか、愛情も憎悪もその心に植え付けられたものは濃い渦となって心身を巻き取る」

ヴァン 「構わないよ。狂気――人間だからこそ持ちうる知性の成れの果てだ。興味深い結果が引き出せると思うんだ」

威津那 「狂った女から何を得るのじゃ?狂気なんぞ喰えたものではないぞ」

ヴァン 「彼女はどうやら、僕と牡丹という女に妄執しているようだ」

威津那 「特定個人への執着、とな。末恐ろしいものよ」

ヴァン 「いいや・・・愛だよ、威津那」

威津那 「気持ち悪いわ」

ヴァン 「そうあっさり切り捨てるものじゃないよ。そも、この町の構造からしてそうだ。人々は愛に溢(あふ)れている」

威津那 「どこがじゃ? 女が身体を売り、男が金で買う。偏に欲ばかりで愛などどこに在る?」

ヴァン 「あるとも。彼女らは弟子のことを『妹』と呼び、教育係を『姐』と呼ぶ。見世の元締めは、『母』と呼ばれる。他人同士である者たちを繋ぎ留め育てさせるのは・・・疑似的な家族の愛だ」

威津那 「家族という器を押し付け、縛り付けておるだけに見えるがな。ただの他人は見逃せても、情を移させた家族なら見逃せまいて」

ヴァン 「愛に、本物も偽物もないよ。ただそこにあるのは感情だけだ」

威津那 「いやなんなんじゃ共犯者。お主は愛の宣教師か?」

ヴァン 「人々が得た唯一の善性が愛だ。しかし時に人を狂わせ、殺すのも愛だ。生かすも殺すも掌の上。僕はね、知りたいんだ。愛というものを突き詰めたい」

威津那 「愛を知る、など。一番愛からほど遠い行いをしている共犯者がそれを言うのか」

ヴァン 「ともかく、この構図を作り上げたのは誰なのか、とても興味深い。人の心を巧みに利用した、見えない鎖で縛り合う。これならば・・・見つかるだろうか」

威津那 「共犯者、そなたのやることに妾は頓着(とんちゃく)せぬ。しかしな、今ここでの目的は妾の完全再臨であると言う事を努々(ゆめゆめ)忘れるでないぞ」

ヴァン 「急かさずともわかっているさ。さて、もう少し探りを入れたいな。そら行け、更に深くこの町の情報を調べておいで」

 

 

 

女将  「貸本屋で書籍に詳しい人に聞いてみたけど、桃夭姫(とうようき)とかいう見聞録は聞いた事がない、と」

キバイラ「ま、せやろな。人ん世界では精々椿ちゃんみたいに男引き寄せる才能持ってるだけやし」

椿   「全然実感もないし正直迷惑なだけなんだけど」

キバイラ「ただ、気になるんは完熟度なんやけど」

椿   「キバイラさんまでわっちを餌呼ばわりしんすか?」

女将  「桃は完熟してた方が美味しいだろうね? 青臭いのかい?」

椿   「お母さん?!」

キバイラ「ちゃうねんて。桃夭姫(とうようき)の能力ちゅうんは十七から十八が最も熟してて、それから以降は爛熟して能力は薄なって十九~二十歳で消えるんよ」

女将  「椿は今十九だよ?」

キバイラ「せやから不思議なんやて。なんでこないに香りが強いんやろ」

椿   「わっちは間違いなく十九でありんすよ?」

キバイラ「サバ、読んでへん?」

椿   「あい。わっちの生まれは寛政(かんせい)五年の師走(しわす)末でありんすから」

キバイラ「元号じゃ判れへんな、今は何年?」

女将  「今は文化七年だね」

キバイラ「ほなら、寛政は何年で終わってはる?」

椿   「確か十三年の二月でありんす? けど寛政と文化の間に享和(きょうわ)が四年間入りんす」

キバイラ「あー・・・、なるほどや・・・、判ったわ。年が数えなんやね」

椿   「・・・ん? それ以外の数え方がありんすか?」

キバイラ「椿ちゃん達の年の数え方て、生まれた時に一歳やろ? 年が明けるとみんな一緒に新年おめでとう一歳年重ねたね、ちゅう数え方やろ?」

椿   「・・・、そうでありんすよ?」

女将  「あんた達の世界は違うのかい?」

キバイラ「せやね、そう言う数え方する国あるけど、こっちでは生まれた時は零歳なんよ、で師走言うたら十二月かいな? 次の十二月で一歳。閏年(うるうどし)もあるやろし今は水無月くらい?」

椿   「水無月の初旬でありんす」

キバイラ「せやったらこっちの数え方だと椿ちゃんは十七歳になるんよ」

椿   「げっ!」

キバイラ「げっ、ちゅうて、なんちゅう声出してんの。なるほど、若く見えるけどさすがに五歳若くは行き過ぎや思てたら、そないなからくりか。蓮太郎君も十七歳やね」

女将  「そんなら椿は、桃夭姫(とうようき)とやらの熟し始めって事かい」

キバイラ「そうなるね。余談やけどそしたらアニちゃんはこっちでは十四歳や」

女将  「なるほど、小見世や一部の中見世じゃ客を取る場合もあるね。体はしっかり出来上がってるみたいだしね」

キバイラ「何にせよ、ここらでしっかりここの守神(もりがみ)はんの威光を示さな若山は妖怪の溜まり場や」

女将  「恐ろしい話だよ」

 

 

 

アニ  「蓮太郎さん! 自分がどれだけ大変な怪我をして死にそうになってたか判ってる?!」

蓮太郎 「確かにそうですが、現在はこの通り」

アニ  「言い訳しないの!!」

蓮太郎 「・・・、済みません」

アニ  「ちゃんと理由判ってて謝ってるの? 取り敢えず謝っとけって思ってるなら許さないからね!!」

オティス「なんだなんだ? 何で蓮太郎につられて私までこんな風に正座させられてるんだ?」

アニ  「お姉ちゃんも蓮太郎さんも自分自身の怪我や痛みより人を優先するからだよ!」

オティス「あっ、はい、済みません」

アニ  「だいたい今回はど直球な攻撃が得意なお姉ちゃんに対して、嫌な搦め手を使ってくる敵だよ」

蓮太郎 「そう言うのは俺は特に苦手だと思った事はありませんが」

アニ  「言い訳しない! 2回目だからね! 次言わせたら・・・」

オティス「次・・・、言わせたら・・・?」

アニ  「つ、・・・次言わせたら・・・」

蓮太郎 「考えていないんですね?」

アニ  「そんな事はどうでもいいの!!」

蓮太郎 「心配かけて済みません、ちゃんと判っていますよ。いくら回復が出来るとは言え人が目の前で傷付けられていくのを見るのは辛い。だからこそ全力で回復しようというお気持ちを逆手にとって任せた、などと言うのは卑怯ですよね」

アニ  「お姉ちゃんより理解がある?!」

オティス「何それ?! 私だってそれくらいアニちゃんの負担にならないように気を付けてるよ?!」

アニ  「じー・・・」

オティス「やめて!! そんな綺麗な澄んだ瞳で見ないで!!」

蓮太郎 「ただ、負担を掛けてしまっている事が判っていたとして、敵の思う壺にさせる訳に行かないんです」

アニ  「だからって、あたしが全回復するまで待ってくれても良かったのにキバイラさんとどっか行っちゃうなんて」

蓮太郎 「敵がいつ襲ってくるか判らない、ましてや椿が攫われてどんな目に遭っているかも」

アニ  「そう言う時はお姉ちゃんに頼って蓮太郎さんは休んでて欲しかった!」

蓮太郎 「目を閉じると、椿が連中に喰われる姿が浮かぶ。眠れないんです」

アニ  「みんな助けたいのはあたしも一緒だよ! でもね、けどね! これだけは判ってて!」

蓮太郎 「・・・はい」

アニ  「回復は本人の生命力以上の力を引き出す事は出来ないの。死んじゃったら生き返らせる事は出来ないの」

オティス「判ってるんだよ、アニちゃん。本当に、多分蓮太郎だって同じ気持ちだ」

アニ  「あたしはみんなを救いたい、傷付いた人を助けるのはあたしの役目だって判ってるけど・・・、でも、出来れば傷付かないで欲しい」

オティス「頼り過ぎちゃいけないね」

蓮太郎 「気を付けます」

アニ  「約束は、してくれないんだね」

蓮太郎 「護(まも)りたいんです。けど、俺はアニさんにも傷付いて欲しくありません」

アニ  「ほぇ?」

蓮太郎 「最大限自分が傷付かない様にしなくては何一つ守れない。だから気を付けます」

アニ  「うん・・・、なんかうまく言いくるめられたみたいで釈然としない」

蓮太郎 「平和であればこんな事悩まなくてもいい。だから、連中を早く始末する必要があるんです」

アニ  「んもーーーう!! それじゃ堂々巡りなんだよ!!」

蓮太郎 「気を付けます」

アニ  「そればっかりじゃんか!!」

蓮太郎 「だから、もう少し頼らせて下さい、不甲斐なくて済みません」

アニ  「・・・ぅ。・・・そう言う頼み方、狡(ずる)い」

蓮太郎 「連中を倒したら、大宴会を開く時の料理を一緒に作りましょう」

アニ  「へ?」

蓮太郎 「決して死にません。約束します、それで譲歩してくれませんか」

アニ  「・・・、判った」

蓮太郎 「仕事に戻りますね。失礼します」

 

オティス「アニちゃん、本当に心配してるんだね」

アニ  「こんな無茶するのお姉ちゃんくらいだと思ってたのに。あんな風に笑顔で言われたら逆らえないじゃんか」

オティス「ん・・・? アニちゃん、顔赤いよ?」

アニ  「ふぇ?! そそそ、そんな事ないよ!?」

オティス「熱、あるのかな? 大丈夫?」

アニ  「大丈夫、大丈夫だよ!! 何でもないから!!」

 

 

 

鈴蘭  「饗場屋(あいばや)・・・、いえ、ヴァンハーフ様!! どうして、椿に差し紙なんて」

ヴァン 「合理的な思考の結果だよ」

鈴蘭  「信じられんせん! わっちのこと、愛してくれたんじゃありんせんのか!?」

ヴァン 「愛しているとも」

鈴蘭  「言葉と行動がちぐはぐでありんす!」

ヴァン 「君にお金を注ぐことへの、利益と損益を天秤にかけた結果だ」

鈴蘭  「は・・・?」

ヴァン 「僕はね、華屋を知りたいんだ。外からではわからないことを内から探り、突き崩す一手を打つためにね」

鈴蘭  「だからこそ、わっちを花魁にしてくれるんじゃなかったでありんすか?」

ヴァン 「君を花魁にするよりも、既に花魁である椿に取り入ったほうが早い」

鈴蘭  「それは――わっちが、役不足だとでもいいんすか?」

ヴァン 「ああ」

鈴蘭  「っ・・・!?」

ヴァン 「現状ではそう言わざるを得ないよ。あくまで客観的な判断だ」

鈴蘭  「ヴァンハーフ様まで、そんなことを」

ヴァン 「それに、君は椿に手を出しただろう」

鈴蘭  「わっちからヴァンハーフ様を奪ったりするから!」

ヴァン 「もう一度言おうか。僕はそうすべきだと判断した上で差し紙を出した」

鈴蘭  「そんな!ヴァンハーフ様がいなかったら、わっちはどうすればいいでありんすか!」

ヴァン 「花魁になる以上は僕の伝手だけを頼るわけにもいかないだろう? 君の手で客を掴まないとね」

鈴蘭  「花魁になるために、先立つ金子(きんす)が用意できないでありんすよ!!」

ヴァン 「・・・覚悟はあるかい、鈴蘭」

鈴蘭  「何を、でありんすか」

ヴァン 「華屋の全てを、掌握できるかい。表から裏まで、全部」

鈴蘭  「華屋、を?」

ヴァン 「僕を愛してくれていると言うなら、それくらいやれるだろう?」

鈴蘭  「あ、う・・・えっと、その・・・」

ヴァン 「そうなれば、僕も君を思う存分愛してあげよう」

鈴蘭  「ふぇ!?ええっと、その・・・ん、っ(接吻け)」

ヴァン 「これは、餞別(せんべつ)だ。期待しているよ、鈴蘭」

鈴蘭  「あ、あい・・・ふひ、ふへへへ・・・、掌握・・・、なら・・・」

 

威津那 「・・・本当に使えるのか?あれは」

ヴァン 「言っただろう。かくなる上は別の使い方を考えるとね」

威津那 「そうか。妾に不利益が回って来んならそれでも良い。食えもせん女子に興味はない」

ヴァン 「ああ、君は何も心配しなくていいよ・・・何も、ね」

 

 

 

椿   「鈴蘭? こんな所で何をしておりんすか? ん? あれは、禿(かむろ)の・・・、芹香(せりか)?」

鈴蘭  「椿・・・椿ぃ・・・」

椿   「・・・鈴蘭? なんでありんしょうか。そんなところで遊んでる暇ありんすか?」

鈴蘭  「お前さえ・・・、お前さえいなければ!わっちはこんなことにならなかった!」

椿   「また責任転嫁。己の研鑽不足、実力不足を恥じなんし」

鈴蘭  「その傲慢(ごうまん)が、何よりも憎らしい!!死ねェ!!」

椿   「な!?」

鈴蘭  「これは恨みだ、妬みだ嫉みだ!お前が君臨することによって、何人の女が泣いて来たのか身を以て味わえ!!」

椿   「あぅ・・・っ?! ・・・っ!! や・・・、ぃや!! 蜘蛛の糸?! なんでこんな束みたいな、あたし・・・」

女将  「鈴蘭!! お前は、また何をやってるんだ・・・、い・・・?! なんだいそりゃあ?!」

鈴蘭  「お母さぁん・・・、ねぇ、わっちは努力しんしたよ? 客を掴もうとしたのに、このクソ妓(おんな)がさぁ・・・」

椿   「鈴蘭! おんし・・・、あの男と何をしんした?! 何が・・・、こんな!」

女将  「何が、どうなってるんだい!! 鈴蘭! 椿を放しな! なんだい、この白いのは!! うわっ、べた付く」

椿   「お母さん、触っちゃダメ!!」

女将  「けどあんた!! そのままじゃ絞め殺されちまうよ!」

椿   「お母さん・・・、鈴蘭を、説得して・・・、わっちではもう、何を言っても火に油を注ぐだけ」

女将  「説得って・・・、鈴蘭・・・?」

鈴蘭  「饗場屋(あいばや)様はわっちの襲名に金を出して下さると言いしゃんした。なのに・・・、なのに」

女将  「饗場屋(あいばや)様の心変わりは、そりゃ何かあったんだろう・・・? お、お前のせいじゃない・・・、鈴蘭」

鈴蘭  「本当・・・に? わっちの、せいじゃ、ない・・・?」

女将  「あぁ、違うよ。ほら昔から客の切れ文の身勝手さはあたしが一番よく知ってるさ」

鈴蘭  「身勝手・・・?」

女将  「そうだよ。楼閣は男の浮気を赦しゃしない。赤っ恥掻かせて二度と大門を潜れないようにする事だって出来る」

鈴蘭  「饗場屋(あいばや)様は浮気をなさったんでありんすか?」

女将  「そうさ、お前に不手際があった訳じゃない」

椿   「糸が・・・、緩んだ・・・」

女将  「お前は別嬪だ、品もあるし芸事もちゃんと押さえてる。なのに妓(おんな)を変えるだなんておかしいだろう?」

鈴蘭  「浮気、ならわっちの所に戻ってきんすか・・・?」

女将  「その様に勧めてみるさ。まだ椿の客になった訳じゃない」

鈴蘭  「饗場屋(あいばや)様は、・・・饗場屋(あいばや)様はわっち、わっちの・・・」

女将  「・・・? な、なんだい? お前、まさか饗場屋(あいばや)様と契りがあるのかい?」

椿   「けほっ・・・、客と? 事前に? でも鈴蘭おんしそんな事、いつ・・・」

女将  「饗場屋(あいばや)様くらい派手な実入りのある廻船問屋様と? 見世でなく?」

椿   「廻船、問屋・・・? 事前に? 鈴蘭、饗場屋(あいばや)って・・・、まさか、あの男じゃ」

女将  「椿、大丈夫かい・・・? ああ、べたべたして気持ち悪いねぇ、全く。あの男って誰だい」

椿   「お母さん!! 饗場屋(あいばや)様は客に持ってはなりんせん!!」

女将  「え、なんで?」

鈴蘭  「椿ぃ!! お前はまたそうやって!!」

椿   「あぅ!!」

女将  「うわぁ!! また糸が、あたしまで巻き添えにして!!」

蓮太郎 「『柳葉菜居合(あかばないあい)・旋風切(せんぷうぎり)』!!『柳生(やぎゅう)・炎散乱舞(えんさんらんぶ)』!!」

女将  「・・・。蓮太郎・・・、役者ごっこかい・・・? 助かったけども・・・」

鈴蘭  「もうダメでありんす。そんならせめてこの子を」

椿   「あ・・・っ!! 芹香!!」

蓮太郎 「な・・・っ、早い?!」

女将  「何なんだい、あの子は! 鈴蘭はどうしちまったんだい?! 芹香を連れてった、どういう事だい?!」

蓮太郎 「追います、済みません!! 失礼します!!」

椿   「蓮太郎!! 無茶しないで! 気を付けて!!」

 

 

椿   「蓮太郎・・・、無事だったんだね、良かった・・・。けど・・・」

女将  「・・・、間に合わなかった、か。で、結局どうなるんだい?」

蓮太郎 「申し訳ありませんでした」

椿   「芹香はもうすぐわっちの妹に上がる予定だった禿(かむろ)。純潔で別嬪でありんすから・・・、おそらく無事には返して貰えんせん」

女将  「なんにせよ、あんた達のせいじゃない。余り自分達を責めるんじゃないよ」

 

椿   「・・・、ごめんね、蓮太郎」

蓮太郎 「間に合わなかったのは俺だ。椿のせいじゃない」

椿   「やっぱりあたしが疫病神だね」

蓮太郎 「・・・? 何を言っているんだ? 疫病神って、むしろ椿は桃夭姫(とうようき)だろう?」

椿   「妖怪の、餌だよ。気味が悪いよね、そんなもの守らなきゃいけなくて」

蓮太郎 「自分をそんな風に責めるのはやめろ。そう生まれついたのは椿のせいじゃない」

椿   「地鎮祭(じちんさい)のあの時、あたしが雷に打たれて死んでいれば、こうはならなかったのにね」

蓮太郎 「それ以上言ったら怒るぞ」

椿   「だって、言霊があるって話を聞いて、黙っていればいいのにホント口は災いの元だね。もう、無茶して助けなくて、いいよ?」

蓮太郎 「・・・ん」(接吻け)

椿   「んっ、・・・ん、蓮太郎」

蓮太郎 「それ以上言うなって言った」

椿   「・・・、気味悪くないの?」

蓮太郎 「この紋章のせいだと思う。奴らが言う桃の匂いって言うのが少し判るし、実を言うと引き寄せられてる」

椿   「ふぇ?!」

蓮太郎 「それも含めて連中だけじゃない、誰にも渡す気はないから大人しく守られてろ」

椿   「・・・、・・・ぅ、・・・はい」

 

 

 

威津那 「はむ・・・、じゅる。そんなに共犯者が好きか。妾に女を差し出して仲介を計る程に」

鈴蘭  「あのお方に見放されない為ならなんでもしんす」

威津那 「ん・・・、ごくん、ふぅ。この娘は純潔じゃったが幼過ぎて血の量が足りぬ。これでは良質な覚醒は望めぬ」

鈴蘭  「それならもう少し大きな体の娘ならよろしんすか?」

威津那 「そうじゃな。あと2~3人純潔で体の大きい娘を連れて参れ」

鈴蘭  「そうしたら、仲を取り持って戴けんすか?」

威津那 「アレも独自の動きをしておるから保証は出来ん」

鈴蘭  「それでは、わっちは何の為に威津那さんに餌を用意するのか判りんせん」

威津那 「ただ、妾の機嫌を損ねるは賢い選択ではないぞ?」

鈴蘭  「それでも!!」

威津那 「共犯者はお主を愛していると申しておった」

鈴蘭  「ほ、本当に?」

威津那 「嘘を吐くというのは人間の習性故、我等妖の者は嘘を吐く事が出来ぬ。信じても構わぬ」

鈴蘭  「それならどうして椿に差し紙をだしたりなんか」

威津那 「そなた仕事であの男と閨を共にしたいのか? それとも関係なく男女の契りを望んでいるのか?」

鈴蘭  「・・・っ、あ・・・」

威津那 「共犯者は桃夭姫(とうようき)を利用しているだけよ。良い個体じゃからな」

鈴蘭  「じゃあ、じゃあ・・・、本当に」

威津那 「愛が、あるらしいからの。胡散臭くて敵わんが。さて、妾はいう事は言うたぞ、女を連れて参れ」

鈴蘭  「あい・・・ふふ、ヴァンハーフ様・・・ふふふふふふ!」

 

 

 

女将  「牡丹、ちょっとこっちに来な」

牡丹  「お母さん・・・。どなんしんした? ・・・、内証、でありんすか?」

女将  「あんたね・・・。そのあたしが声を掛けた時にビク付く癖は何とかならないかい?」

牡丹  「だってお母さん、今の顔を鏡で見てくんなんし。どう見ても良い報せだとは思えんせん」

女将  「まぁ・・・、そうだね。良い報せではないよ。中庭前の廊下だ、来な」

牡丹  「中庭・・・、一体」

女将  「お前、近頃の鈴蘭を見ていて、何か感じる事はないかい?」

牡丹  「鈴蘭は・・・、いい子でありんすよ?」

女将  「ほーぉ? そんじゃ聞くけどね牡丹。お前にとって良い子でない妓(おんな)は誰だ?」

牡丹  「なんでそんな意地悪な質問をしんすか?」

女将  「多少聞き訳が悪かろうが、頭の出来が悪かろうが褒めて伸ばすなんて訳の判らない理念を持ってるあんただ。鈴蘭の今までしでかした事を聞いた所で、いい子だと言うんだろう?」

牡丹  「そりゃ、確かに最近の鈴蘭はちょっと行き過ぎた所はありんすよ? 悩み事があれば相談も乗りんす」

女将  「お前から声を掛けて欲しいんだろうよ」

牡丹  「何もないのに声を掛ければあの子の姐女郎だった柘榴(ざくろ)に失礼でありんす」

女将  「柘榴(ざくろ)だってお前の言う事にゃ何も言わないだろう」

牡丹  「言わんから、しゃしゃり出る訳に参りんせん。心中穏やかではいられんのが人の性」

女将  「けど、柘榴(ざくろ)は事なかれ主義だ。鈴蘭が破瓜(はか)を奪われてからはどう対処していいか判らないらしい」

牡丹  「・・・、気付いてやれんかった事に責を感じているんでありんしょう? 事なかれ主義だなんて言いんすな」

女将  「お前の見える世界はさぞ美しいんだろうねぇ、全く」

牡丹  「お母さんの見る世界はさぞ凶悪なんでありんしょうな、ふふ」

女将  「着いたよ、中庭」

牡丹  「・・・っ?! お、・・・お母さん? この準備は?! 拷問・・・、器具じゃありんせんか」

女将  「あぁ、鈴蘭もいるね」

牡丹  「こんな乱暴な事をせんでも! 鈴蘭が破瓜を失ってからの辛さはお母さんだって判っておりんしょう?」

女将  「知っているさ。けどね、それだけじゃ余りにも鈴蘭の行動は酷すぎる」

牡丹  「わっちは反対でありんす! お母さんの信条は妓(おんな)に傷をつけない事じゃあありんせんかったか! 椿のやり方に準ずるような真似をしんしたら示しがつかないんじゃありんせんか!」

女将  「だから、お前に見守らせる必要があったんだよ」

牡丹  「・・・、鈴蘭? 鈴蘭・・・」

鈴蘭  「破瓜(はか)を奪った男の名は何と言ったじゃろうか、わっちは確か生涯忘れぬと誓って胸に刻んだ筈だったが・・・、何故覚えておらんのか、あぁ、けれどあの方はわっちを愛していると、わっちは・・・(ブツブツ呟いている)」

牡丹  「鈴蘭? 聞こえておりんせんか? 鈴蘭」

鈴蘭  「っ?! あ・・・、牡丹・・・、花魁・・・?」

牡丹  「・・・、あぁ良かった。わっちの声も聞こえんくなったんかと不安になりんした」

鈴蘭  「も、申し訳ありんせん! わっちは何か失礼をしんしたか?」

牡丹  「そうじゃありんせんよ、大丈夫。鈴蘭・・・、おんし、何か悩んでいる事がありんすか?」

鈴蘭  「て・・・、牡丹花魁が相談に乗ってくんなんすか?」

牡丹  「もし、その・・・、柘榴(ざくろ)に話せない様な事でもあるならわっちに話してくんなんし」

鈴蘭  「柘榴(ざくろ)姐さんに、話せない事・・・? あ、あぁ・・・、ありんすよ? 沢山。今じゃもう何も話せんよ」

牡丹  「今じゃ・・・? そんなに隔たりが出来ておりんしたか? 何ゆえ?」

鈴蘭  「隔たりではありんせん? つい先日、怒られたんで腹が立って狐の餌にしんした」

牡丹  「・・・え」

女将  「な・・・、んだって? 狐・・・? 餌って・・・」

鈴蘭  「よう判らん事で怒られれば誰だって腹が立ちんす」

女将  「お前・・・っ!」

鈴蘭  「あの居候・・・。二十歳を大幅に超えて、未開通(おぼこ)というのも可哀想じゃ。恥ずかしゅうて嫁の貰い手もありんせんと思いんしてお手伝いしたんを好意でなく敵意と取るなん被害妄想も甚だしい。姐さんがそれを叱責するから・・・、面倒臭くなって」

女将  「お前のやった行為が良かれだなんて誰が受け取るんだい!! 狐の餌だって? 誰か!! 柘榴(ざくろ)を探しとくれ!!」

牡丹  「狐・・・? 餌? え・・・?」

女将  「牡丹!! これでも! まだ鈴蘭がただの気鬱だというのかい!」

牡丹  「良く・・・、判らん・・・、餌?」

女将  「芹香(せりか)も連れて行かれた!! 他にも、春菊や小手毬、薺(なずな)もだ!!」

牡丹  「鈴蘭・・・?」

鈴蘭  「わっちは、正味六位なんて中途半端な位置にいる柘榴(ざくろ)姐さんなんて大した事はないと思っておりんした?」

牡丹  「大した事ない? 柘榴(ざくろ)は技芸に秀でた素晴らしい花魁でありんした!」

鈴蘭  「わっちの方が美しかったよ?」

牡丹  「鈴蘭・・・、おんしは・・・、なんて・・・、愚かな」

鈴蘭  「牡丹花魁までそんな事を言いんすか?」

女将  「牡丹、鈴蘭から離れな! お前達! 鈴蘭を柱に括(くく)り付けな! 妓夫(ぎゆう)を呼んどいで!」

鈴蘭  「なんじゃ? なんじゃこれは? わっちを柱に括り付けてどうするんじゃ?」

牡丹  「美しさに甲乙は付けられやせん」

鈴蘭  「何を寝ぼけた事を言っておりんすか? 牡丹姐さんは顔が抉れて生きる気力を失いんした? 甲乙つけられない? あは、おかしなことを言いんす」

牡丹  「おんしがどれ程美しかろうが・・・、やっていい事と悪い事の区別がつかんのなら、それは正さねばならん」

女将  「打ちな!」

鈴蘭  「あは、酷い酷ーい、なんて醜い世界でありんしょう? 己の思う通りに事が運ばなければ叩いていう事を聞かせようとする」

女将  「鈴蘭の言葉に耳を貸さなくていい」

鈴蘭  「おかあさーん! 目が血走っておりんすよ? あぁ、なんて恐ろしい形相。鬼よりも邪の如し、あは、あはは」

牡丹  「あれ程に、打たれて・・・、どうして笑っていられんすか?」

鈴蘭  「醜い醜ーい。あぁ、醜い。人の心を移す顔が歪んで醜ーい。とーりゃんせ、とうりゃんせー、こーこはどーこの細道じゃー、あはぁ、ふふっ、天神さまの細道じゃー」

牡丹  「歌を・・・、歌って・・・」

女将  「打つのをやめるんじゃないよ!! 気味が悪かろうがなんだろうが正気を取り戻すまで打ちな!!」

鈴蘭  「あはあは、無情な世じゃのぅ、苦界じゃて、ふひひ、そんな生易しいもんじゃありんせーん、あは。ちょーっと通してくだしゃんせー、御用の無い者通しゃせぬー」

牡丹  「嫌じゃ・・・、お母さん! こんな、・・・こんな恐ろしいもんをわっちは!」

女将  「しっかり見な!! 牡丹。これは・・・、この鈴蘭の現状はもしかするともっと酷い惨劇の幕開けかもしれないんだよ!」

牡丹  「これが? 幕開け? わっちの顔が潰れた事も、鈴蘭がこんな風に変わってしまった事も全部?!」

鈴蘭  「わっちは変わっておりんせんよ? おかしいのはこの世じゃ、このおかしな世界が狂っておるのじゃ。はは、行きは良い良い帰りは怖いー、怖いながらも通りゃんせ通りゃんせー・・・」

 

 

 

ヴァン 「正義の殺し方を、君は知っているかな?」

威津那 「わざわざなんだ?どのような人間であれ、殺せば死ぬ」

ヴァン 「人には、目に見えぬ力がある。信頼、愛情、友情、尊敬・・・形は様々だけどね、時にそれは利害をこえて世界を回すものだ」

威津那 「くだらぬな」

ヴァン 「これが馬鹿にも出来ないのさ。さっきも言ったけどね、見えぬ力は時に現実を殺す。例えば――救国の英雄が、実は裏で悪事に手を染める非道の者であったとしたら?」

威津那 「・・・民からの、支持を失うな」

ヴァン 「そう。そうなれば英雄という矜持は死ぬ。民に支持されない勇者は、暴徒と変わりがない」

威津那 「あの少女を狂わせたは、つまりそういう役目と言う事か」

ヴァン 「手に余る者達が結集したのでは僕達に勝ち目はないからね」

威津那 「全く、本気で恋慕にうつつを抜かしたのかと肝を冷やしたではないか。まぁ、演技と言うなら・・・」

ヴァン 「僕のそれは演技ではないよ。役者の真似事をすると思っているのかい?」

威津那 「そうか? ならばお主、道を間違えたかもしれぬのう?」

ヴァン 「彼女の妄執だよ。しがみ付きたい何かがあったんだろうね。生きる者とはかくも美しいものなのかと思うね」

威津那 「ぬかせ。そなたの口から出る美辞麗句(びじれいく)のなんと気色悪い事か」

ヴァン 「威津那、限度というものを知ったほうがいいよ」

威津那 「とにかく、失敗でないのならそれでよい」

ヴァン 「どうしても必要な前座だったんだ」

威津那 「正義の殺し方とやらにか」

ヴァン 「そうだよ。ただ、確固たるものを揺るがすにはやはり段階と言うものが必要なんだ。将棋にしたって、初手で王将を殺すことはルール上不可能だからね」

威津那 「失えば全て無に帰す」

ヴァン 「100か0か、人の感情はそれ程簡単なものではないんだ」

威津那 「人とは面倒な生き物じゃな」

ヴァン 「固い外壁で覆われているものの内側はとても繊細で脆い」

威津那 「じゃから外壁で覆うのじゃろう? お主は馬鹿か」

ヴァン 「今回はその脆い内側から壊して行こうと思ってね」

威津那 「外壁に守られているから脆いのじゃ。どうやって外壁を壊す?」

ヴァン 「僕は何もしないよ」

威津那 「お主の言う事は毎度抽象的すぎて判らぬわ。研究者などやめて役者や詩人にでもなればよいのではないか? 売れるとは思えぬが」

ヴァン 「少々、彼女には細工がしてあってね。人は自分が見たものしか信用できないものさ。証拠があるなら猶更だ」

威津那 「ふむ、理解したわ。共犯者、お主なかなか食えぬ男よな」

ヴァン 「ただ剣を振り、僕を殺せばそれで全てが解決すると思っているうちは彼女も幼児同然さ。その先を考えないとね」

威津那 「戦士など往々にして脳が凝り固まっておる。何せ筋肉性の脳みそじゃからの」

ヴァン 「楔は打ち込んだ。これが成されればしばらく華屋は手薄になる。キバイラ一人では手も足りないさ・・・。さて、いこうか威津那。僕は君の全てを見届けたい。僕に、全てを見せてくれ」

威津那 「痴れたこと。この世全てを妾のものとしてくれようぞ」

 

 

 

オティス「あれ? 牡丹さんも椿ちゃんも今日は・・・、その、あの、仕事は?」

牡丹  「わっちは本日裏返しなんで中引けでおきちゃは帰りんした。酒でも飲んで少し・・・、現を抜かしたいと」

椿   「わっちのおきちゃは本日大名様でござんすから、泊まりはお断りしんしたよ。つまみもありんす、オティスさんもどんぞ」

キバイラ「ま、たまにそうやってサボらんとこないな仕事勤まるかいな・・・、ぷはぁ、美味し」

オティス「なんだキバイラ、お前も飲んでんのか」

キバイラ「蓮太郎君が蔵元の隠し酒、大吟醸(だいぎんじょう)『梅錦(うめにしき)』くれたんよ」

椿   「酒で気を紛らわすんは良くないと判っておりんすが、悲惨な事件ばかり続いているから、つい・・・」

キバイラ「蓮太郎君は飲めへんのやね、かわええね」

蓮太郎 「あの、先日から思ってたんですが、顔の事も含めて可愛いとか言うのやめてもらっていいですか」

キバイラ「酒の席、麗しき男女、何も起こらん筈ないわな。『花々は、心も知らず故郷(ふるさと)の、今は昔と儚く馨(かお)る』」

椿   「『今昔の、故郷(ふるさと)思(おぼ)しき心なれば、花ぞ昔を匂い立たせり』」

キバイラ「・・・、椿ちゃん・・・。あんがとさん」

オティス「脳みそ桃色のやつがなんかいってら」

キバイラ「いややわあ、青春灰色のが。拗らせる前に黒騎士にでも抱いて貰たら良かったんちゃう?」

オティス「次そういう話題でウォースロットの名前だしたら殺す」

アニ  「おさけ、いいなあ・・・ねえ、お姉ちゃん」

キバイラ「ほれ、アニちゃん。ちょっと飲む?」

オティス「やめとけ、毒入ってるぞ」

アニ  「キバイラのはちょっと・・・」

蓮太郎 「アニさん、これなら飲めますよ。甘酒」

アニ  「え、いいの!? わーい、蓮太郎さん有難う!」

オティス「・・・牡丹さん?なんかぼんやりしてるけど、そろそろやめたほうがいいんじゃない?」

牡丹  「大丈夫でありんすよ? ちゃんと、目ははっきりしておりんす。オティスさんも綺麗な顔をしてるでありんすなぁ」

オティス「え、あ、う? あ、ありがとう。褒められたことあんまりないから、ちょっと照れるな」

牡丹  「唇も、艶やかで・・・綺麗」

オティス「え?牡丹さん、何言って――っん? む、むぅ!?」

アニ  「は、はえええ!? うそ、お姉ちゃんと牡丹さんが! ち、ちゅーしてる・・・あ、あわわ・・・」

椿   「ああああ!? しまった!! 牡丹姐さん!!」

蓮太郎 「あー・・・、うん、まぁ、そうなりますよね」

牡丹  「ちゅ・・・っ、オティスさん・・・ふふ、顔が真っ赤でありんすよ? 可愛い・・・、あー、んっ(キス)」

オティス「ちょ、まさか牡丹さんって――んむ、んっ!ちょ、むぐ、んっ!んん!ぷは、ん。んんーっ!」

牡丹  「ちゅ、んむ。唇、柔らかいでありんす。もっと、見せて。オティスさん・・・ん、ちゅ。む、ん」

キバイラ「あらあら、えらいことになってしもた・・・芸達者やなぁ。どないな感覚なんやろ、花魁の口吸い言うんは」

アニ  「の、濃厚だぁ・・・はわわ、すごい・・・すごいことになってるぅ・・・大人だ、大人の世界・・・」

キバイラ「なんや腹立って来たわ。相手が原典やからやな」

オティス「いやのんびり見てる場合!?んん!あ、ふ!やぁ!だ、誰か助けてえええええ!」

牡丹  「むにゃ・・・もう、むりでありんす・・・うう、ん」

アニ  「ちゅー終わったら急に寝た!?」

オティス「ぜはー、ぜはー・・・や、やばかった」

蓮太郎 「牡丹花魁、酔うとああなるんですよ。あそこまで酔ったのは久しぶりですね」

オティス「酔ったらキス魔になるって、どっかの誰かを思い出すんだけど」

蓮太郎 「・・・っ?! 椿! 避けろ!!」

椿   「きゃっ!」

オティス「は・・・? え? 何?」

キバイラ「・・・酒の匂いに釣られて出て来たんかいな。お稲荷さんはあらへんよ」

威津那 「抜け駆けをしてかように美しいおなごを侍らせるとは、いい身分じゃの? 鬼風情が」

キバイラ「あは、貧乏たれの駄狐とは違うんよ。拾い喰いばっかで情緒もあらへん、お似合いよ?」

威津那 「痴れ者が。じゃが、許そう。取り逃した獲物を纏めて、このような逃げ道のない部屋の中に押し込めてくれた」

キバイラ「駄狐が、うちのもんに手ぇ出したら殺すで」

蓮太郎 「勝手に貴方のものにしないでください」

威津那 「抜かせ。酒に酔い、感覚が鈍った鬼なんぞに後れは取らんわ」

キバイラ「酔う酒すら手に入らん駄狐の負け惜しみかいな」

アニ  「お姉ちゃん、動ける?」

オティス「ごめ、まだちょっと力入らない・・・」

キバイラ「口吸いなんぞで腰抜かすおぼこいお子さんはそこで寝てたらええよ」

威津那 「じゃから妾は・・・まずは、そこな娘からじゃ!」

キバイラ「手ぇ出すな言うとるやろ! 椿ちゃん達は・・・あれ?」

アニ  「あれ? あれれれれれええええええ!? あ、あたしなのー!?」

オティス「しま、アニちゃん!?」

威津那 「一番「目線」が集まっておらんかったのはこの女子じゃった。ふむ、顔も綺麗じゃ。悪くないのう」

アニ  「きゃーーー! たすけてーーー!」

オティス「ちょ、冗談じゃないんだけど!あ、ちょっと待ってほんとに立てない」

蓮太郎 「皆さんにお伺いしたいのですが、家屋(かおく)には玄関というものがあります。どうして窓から出入りするんでしょうね?」

キバイラ「みみっちぃ事言わんといて。まぁ、攫(さら)われたんがアニちゃんなら」

蓮太郎 「お先に失礼します! 済みません、キバイラさん援助お願い出来ますか?!」

キバイラ「蓮太郎君が言うならしゃあないか――ってあんさんも窓から出入りするんやないか!!」 

威津那 「まんまとおびき出されおって、愚か者じゃのう?」

アニ  「え? おびき出されるって?」

威津那 「小娘は黙っておれ、お主は奴を倒せたら血を啜って妾の糧としてくれようぞ」

蓮太郎 「させませんよ。『柳生(やぎゅう)・風葉舞(かざはまい)、爆散(ばくさん)』!!」

威津那 「く・・・っ!! お主、あの天狗と繋がっておるのか!! 忌々しい!!」

キバイラ「あはっ、余程悔しかったんやなぁ? 鞍馬にやられた傷はもう回復したん? 尻尾は六本、少しはマシな力付けたんかいな? 駄狐」

威津那 「やかましい、鬼風情がいつまででも妾を馬鹿に出来ると思うでないぞ!」

キバイラ「あぁ、そ? 今の所馬鹿にする材料しか見付からへんのやけど。駄狐なりに何か考えたん?」

アニ  「キバイラさん戻って!!」

蓮太郎 「え?」

アニ  「この人おびき出すって今言ったの!! さっきの部屋に戻って!!」

蓮太郎 「椿が・・・っ!」

威津那 「黙っておれと言うた筈じゃぞ! このバカ娘!! 『芯焔(しんえん)・柱堕(はしらお)とし』!!」

アニ  「きゃあぁあぁあぁあぁあ!!」

蓮太郎 「アニさん!!」

アニ  「ぅ・・・、く、あ・・・、蓮太郎さん行って! あたしは大丈夫!! これでもちょっとは戦えるんだから」

キバイラ「アホか! あんさん置いて帰ったら原典に何言われるか判ったもんやあれへんわ!」

蓮太郎 「キバイラさん! 十時の方向から衝撃波を撃てますか?!」

キバイラ「判った!! 『影還りの奪法師(だっぽうし)』」

威津那 「何じゃ? 鬼が消えおった!!」

ヴァン 「なるほど、威津那の術と似た様なものが使えるんだね。なるほど、興味深い」

蓮太郎 「出ましたね。あなたもここに居るという事は部屋の危険はない、謀(たばか)った積もりですか?」

ヴァン 「さて? 僕は謀(たばか)った積もりはないし妖の者は嘘が吐(つ)けないらしいからね、知らないよ」

キバイラ「余所見すんなや!! 喰らいや!『羅刹変生(らせつへんせい)・羅生門(らしょうもん)』!!」

蓮太郎 「『柳生(やぎゅう)・葉露乱舞(はつゆらんぶ)』! 『柳葉菜居合(あかばないあい)・枝垂(しだ)れ切(ぎ)り』!!」

威津那 「あ、が・・っぶふっ?! こ・・・、小僧・・・、威力が・・・」

ヴァン 「覚醒したのか、厄介だが・・・、なるほど興味深い。威津那の尻尾は貰って行くよ。また会おう」

蓮太郎 「っと・・・、大丈夫ですか、アニさん」

アニ  「うわわ、抱っこされちゃった・・・はわわ。あわ・・・、ありがとう・・・、あの、助けてくれて」

キバイラ「力持ちなんやね、蓮太郎君」

アニ  「椿さんだけかと思ったのに・・・。ピンチを助けてくれるなんてお姉ちゃんみたい、かっこいいよ・・・」

蓮太郎 「手の甲の脈動が大きい。体の軽さと言い、体の動きが思う以上に反応する。跳躍も踏み込みも速さも」

キバイラ「二度目の覚醒が上手く馴染んではるんよ。多分力も相当強くなってはると思うよ?」

蓮太郎 「けど相変わらず倒しても倒してもきりがない。・・・ん、どうしたんですか? アニさん」

アニ  「ふぇ!?な、なぁに?」

蓮太郎 「心此処に非ず、でしたよ。顔も少し赤いですね」

アニ  「えう・・・な、なんだろう。心臓がどきどきしてて、胸が苦しくて」

キバイラ「・・・・・・へーえ? 面白」

蓮太郎 「驚きますよね、急に敵に狙われて攫われたんじゃ」

キバイラ「・・・・・・めっちゃ鈍感やわ、面白」

 

 

 

キバイラ「帰ったでー、原典の腑抜けは直ったかいな・・・っ、な・・・?!」

椿   「れ・・・、んた、ろ・・・、ぅ、くぁ・・・、た、すけ、て・・・」

蓮太郎 「椿!! ・・・っ?! ・・・貴様?!」

オティス「く、そ・・・、酔いは魔力循環を鈍らせる・・・。いつもにも増して七星剣が重い・・・」

アニ  「お姉ちゃん?! え? なんで? あなたが・・・、何でここに居るの?」

椿   「座敷牢に閉じ込めておいたのに・・・、逃げ出したんで・・・、ありんしょ・・・・」

キバイラ「座敷牢・・・? けもじな事があるもんやねぇ? あんさん、さっき駄狐の尻尾持って往(い)んだやないの? ・・・なんでここにおるん?」

オティス「何を言ってるんだ! お前達が窓から出て行ってからすぐにこいつが来たんだ!」

椿   「牡丹姐さんを、離しなさい・・・、よ・・・」

牡丹  「あぅ・・・、ん、う・・・」

ヴァン 「ふむ、健気だね。この鎖に絡まれてなお、姐を思ってまだ口を動かせるのか」

椿   「おんしがどんな思いで姉妹の絆を口にしんすか・・・、あうっ!」

蓮太郎 「椿・・・、抵抗するな。その鎖まるで蛇の様に動いてる」

椿   「あぁっ!! あ・・・、ぐ、締め付けが・・・っ、あっ!!」

キバイラ「部屋中に張り巡らされて、まるで蜘蛛の巣やな」

ヴァン 「この鎖はね、人を絡め取るだけでなく魔力を吸い上げる事が出来るんだ。その魔力で硬度が増す、中々便利だろう?」

オティス「魔力・・・、だと? 今の所椿ちゃんに魔力は感じない! 見当違いだったな。椿ちゃんを返せ」

ヴァン 「はは、魔力原理論を知っている人間の言葉だとは思えないね」

キバイラ「生命力も魔力やね。吸い取られ続ければ死ぬ」

蓮太郎 「・・・っ!」

アニ  「ど、ど、どど、どうしよう、え、っと牡丹さんは完全に絡め取られちゃってるし、椿さんも危ないし! お姉ちゃんは魔力供給が完全じゃなくて、えっと、えっと、あた、あたし、・・・あたしがやるんだ!!」

キバイラ「怪我してんのに引っ込んでや。まともに動けるんはうちと蓮太郎君だけやね」

蓮太郎 「あの鎖を断ち切ればいいだけの話」

キバイラ「簡単に言わはるけど、そんな単純やないんよ。ただの鎖があない奇妙な動きする?」

蓮太郎 「あの鎖の理論は?」

キバイラ「すまへんね。うちも詳しくは知んの。迂闊に近付けば殺されるで」

オティス「鎖を断ち切る!!『軍神の失腕(ストール・グレイプニル)』!」

ヴァン 「ぐふぁ!」

キバイラ「人の話聞いてなかったんかい! うつけが!」

椿   「きゃっ!」

ヴァン 「くっ?!」

オティス「私だって魔力が足りてないんだ! 吸えるもんなら吸って見ろってんだ! 無い所からは借金取りだって取れないんだぞ!」

キバイラ「開き直った極貧の論理やね?」

蓮太郎 「椿! 大丈夫か・・・?」

椿   「ん・・・ぅ、あ・・・」

蓮太郎 「椿?!」

キバイラ「言わんこっちゃない! 椿ちゃんの足首見てみ! 鎖がアンクレットみたいになっとぅよ! そこから魔力吸われるで!」

蓮太郎 「くそ・・・っ! ・・・っく!」

椿   「あぁあぁあぁあぁあぁぁ!!」

キバイラ「そん鎖に触るな!」

蓮太郎 「嫌だ! こんな鎖、・・・っう、あ」

椿   「だめ・・・、れん、た・・・ろ・・・。さわっちゃ・・・」

キバイラ「触るな言うてんのにどいつもこいつもいう事聞かへんクソガキやな! 死にたいんか!」

蓮太郎 「けど、このままじゃ椿が!」

椿   「れんたろ・・・、無茶、しないで・・・」

キバイラ「魔力供給経路確保しとる特権持ちが触れば媒体として魔力吸われるだけやのうて四肢引き裂かれるで!」

オティス「つまり、元締めを殺せば何の問題もないじゃないか!」

アニ  「ダメだよお姉ちゃん! まだ魔力が完璧じゃないんだよ!! そんな事したらお姉ちゃんが!」

オティス「目の前で死にそうになってる人を救えなくて何が勇者だ!! キバイラ、お前は魔力供給は出来てるのか!」

キバイラ「うちがいつ女神信仰したんよ? 鬼の首魁舐めんなや? あんさんら脆弱な人間とは元の造りがちゃうわ」

オティス「なら私に協力しろ!」

キバイラ「嫌や」

オティス「蓮太郎や椿ちゃんが」

キバイラ「椿ちゃんと蓮太郎君は助けるよ? けど原典に協力? 寝言は寝て言ってくらはる?」

オティス「もういい! お前なんかあてにした私がばかだった!! 私は守らなきゃならないんだ、誰だろうと」

椿   「ダメ・・・、お、てぃ・・・すさ」

蓮太郎 「・・・? 椿? 何言ってる」

椿   「殺しちゃ、ダメ」

蓮太郎 「・・・っ?!」

オティス「怖いなら見ないで、椿ちゃん!」

牡丹  「やめて・・・、くんなんし・・・、オティスさ、ん・・・。殺さ、ん・・・、で、くん・・・」

オティス「そいつは生かしておいたらダメなんだよ! 天に傅け、地を喰らえ!!『狼顎破砕(フェンリ・ゴード)』!!」

ヴァン 「ぐお!? は、はは・・・足りない魔力を一点集中絞って突き出したのか・・・、考えたものだ。君という研究対象は常に成長する。これからも楽しみだ」

オティス「どうあれ、死んだらおしまいだろ?ちゃんと死体は隠してやる。安心して死ね君臨勇者。帰る手段はこっちで探すからさ」

ヴァン 「素晴らしいね、原典。君は実に思い通り僕の掌で踊ってくれる。とは言え今少し面白みに欠けるがね」

オティス「何を・・・って、あれ。待て、なんか、輪郭がぼやけて・・・」

鈴蘭  「惜しいが・・・価値はあったな。君の正義に、少しでも傷が付けられたのなら満足・・・だ・・・がふ! あ、う・・・わっち、は」

蓮太郎 「・・・す、・・・鈴蘭、さん・・・?」

鈴蘭  「大門・・・、朱塗りの雅で美しいあの門を潜った日をわっちは忘れんせん。山奥の惨めな村から田舎道を越えて辿り着いたこの美しい町」

牡丹  「鈴蘭・・・? 鈴蘭? しっかりしや? 死んではならん」

蓮太郎 「・・・? ・・・、牡丹花魁、まさか・・・、最初からアレが、鈴蘭さんだと知ってた、んですか?」

牡丹  「何を・・・、何を言っておりんすか! この子が!! 鈴蘭以外のなんだったと言うんでありんすか!!」

鈴蘭 「数々の天女が笑顔で綾錦(あやにしき)を纏い煙管を吹かしておりんした。わっちは、ここを御殿かと思いんした・・・」

牡丹  「鈴蘭? もう少しじゃ? もう少し頑張ればおんしも天女の衣装を纏えるんじゃ」

オティス「え? 何が・・・あれ?・・・は? え、おい。さっきまでヴァンハーフだったろ。何が、どうなって」

鈴蘭  「あぁ・・・、天女の頂点に立つかぐや姫がわっちを看取ってくんなんすか・・・」

牡丹  「看取ったりなどせん! おんしは死んではならん! 鈴蘭!! 気をしっかり持ちや!!」

鈴蘭  「生ある内に何故こうなれなかったのか・・・。神仏は盲目じゃ・・・、日陰におるものは日の目を見られぬ」

牡丹  「これからじゃ! 今を生き抜けばこれから必ずや幸せを掴めんす! 諦めるなん愚かな事をしんすな!」

鈴蘭  「ふふ・・・、死して屍、拾うものなし・・・。『おさらばぇ』・・・」

牡丹  「鈴蘭? 鈴蘭!! 鈴蘭!!! 目を開けて! 嫌じゃ・・・、嫌じゃ鈴蘭・・・。・・・、・・・っ! ・・・っ!! なんででありんすか・・・?! オティスさん!! なんで・・・、なんで鈴蘭を殺しんした!!」

オティス「そんな、馬鹿な・・・、私、は・・・」

キバイラ「倭の国の気を利用して、幻惑を使たんか。うちの認識阻害を写し取ったな? 妙な能力を身に着けおってからに」

蓮太郎 「・・・どういう、事、だ・・・?」

キバイラ「見識の違い。共通点はなんや? 魔力の供給回路か?」

牡丹  「待って、と・・・。わっちは待ってって言いんした! オティスさん、殺さんでって言いなんした!!」

オティス「私は・・・、何を殺した・・・? ヴァンハーフ、だった筈、だよな・・・。なんで、鈴蘭さんが、ここで倒れてるんだ?」

牡丹  「どうして!?鈴蘭が何をしたでありんすか!? おんしに殺されなきゃならないようなことをしたと!?」

オティス「牡丹さん・・・、この人は? ヴァンハーフ・・・、君臨勇者だったんだ。さっきまで、部屋中を鎖だらけにして、あなた達を襲って、危害を加えようとしてた。・・・、少なくとも、私にはそう、見えてたんだ。ねぇ、一体、何が」

牡丹  「訳の判らん事を言いんすな! 確かに鈴蘭は何やら訳の判らん行動をしんした! けんど、だから殺すんでありんすか!」

オティス「いつ、入れ替わったの・・・? 鈴蘭さん? ヴァンハーフ?」

牡丹  「鈴蘭に触りんすな!!」

オティス「・・・っ! あ・・・」

牡丹  「殺しておきながら! 亡骸に触れるなんわっちは赦しゃあせん!」

オティス「助けたかったんだ・・・、あなた達を。ヴァンハーフが来た時に、私は守らなきゃいけないと。待って・・・? そもそも、君臨勇者は何の目的で来たんだ? 意味なく行動する奴じゃない」

牡丹  「わっちをただ! 姐さんと呼ばせてと言いに来ただけでありんした!」

キバイラ「見抜ける見抜けない関係なしに、うちは止めたで、原典」

アニ  「そんなの! あんなの止めた内に入らないよ!」

キバイラ「敵の真理見抜く前に攻撃するんが賢いやり方ちゃうで? うちは! どうなるか判らん、触るな言うたで!!」

アニ  「お・・・、姉ちゃんのせいじゃ、ないよ・・・。だって、あたしにもヴァンハーフに見えてたもん」

キバイラ「見えてただけや。見間違いで人殺すんかいな。とはいえ幇助したうちらも同罪やけどな」

オティス「見間違い・・・? そんな馬鹿な。見間違いでヴァンハーフと同じ技を使う? 魔力を吸い上げる? 私達の世界に居る時と同じ能力を使っていたじゃないか! お前も知っているだろうキバイラ!」

キバイラ「止められんかったうちにも責任はある。けどな、原典これだけは言っとくで! こん世界はうちらん世界とちゃう! 何が起こるか判らん! 敵と見做したら後先考えずに殺す・・・それが! 道理を捻じ曲げてこん世界に居るうちらやこん子らに及ぼす影響を考えるべきやったんちゃうの?!」

牡丹  「鈴蘭は・・・、おかしな術を遣う妖怪になりかけた・・・、確かにそうでありんしょう! けんど殺さずとも元に戻す方法はなかったんでありんすか?! 説得をしたかったからわっちも椿も逃げんと抵抗もせんかった! なんでそれが判りんせんかった! なんで・・・、鈴蘭を殺しんしたか!! この優しくて弱い子を!」

オティス「血・・・、が、・・・、赤い、血・・・、これが、鈴蘭・・・、ちゃん」

牡丹  「ほんの少し、選択を間違えただけの憐れな子じゃ・・・。わっちが手を差し伸べれば何とかなったかもしれんせん。周囲に責めたてられ、気鬱の病に罹(かか)っただけ! 功績を上げる手順を示してあげればこの子は生きていけた・・・っ! なのに!」

オティス「・・・ごめんなさい」

牡丹  「罪を認めれば! 鈴蘭が帰って来るとでも?!」

オティス「ごめん・・・、私は。救う筈の命を・・・、私は、私は、私は・・・っ!!」

牡丹  「癒しの力を持つアニさんは確かに正義かもしれん! けんどオティスさん! おんしは・・・っ!」

アニ  「違うよ!! お姉ちゃんばっかり責めないで! あたしだってその人がヴァンハーフに見えてた!」

牡丹  「おんしは! 正義を騙る僭称者(せんしょうしゃ)じゃ!!」

オティス「僭・・・、称・・・? 私が・・・、間違ってた? 私は、違う。人を救うために私は、わたしは・・・、ワタシハ!!」

牡丹  「わっちは何がどうあっても赦しんせんのえ。おんしの顔なぞ見たくない。二度とわっちの前に立ちんすな!」

オティス「女神様・・・、叶うなら。私の命を奪ってもいいから!! 彼女を救って・・・!!」

 

 

 

ヴァン 「さて、威津那。原典はこれにて戦線離脱だ。勇者といえど、君臨する椅子がなくては戦えまい」

威津那 「妾を囮に使って、愚策ならば塵芥(じんかい)にしてやった所じゃ。まぁ、良い功績ではあったの」

ヴァン 「あとは、キバイラだが」

威津那 「餓鬼が、意外と邪魔じゃの?」

ヴァン 「ふむ・・・。どうやらこの町に何かの情を浮かべているようだね。彼女にも故郷を偲ぶ心があるとは、中々に可愛らしいではないか」

威津那 「妾の話を聞けぃ、この痴れ者めが」

ヴァン 「聞いているからの返答だよ。五分の割合だが・・・、彼女は自滅するよ」

威津那 「五分では困るのじゃが?」

ヴァン 「キバイラを戦闘不能にするには時期を選ばねば、闇雲に攻撃して敵う相手ではない」

威津那 「認めたくはないがの。尻尾はこれで七本、じゃが未だに力の覚醒が見られぬ。微々たる技を習得する程度では何とも心許ないものじゃのう」

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