
ルイは鷹を呼ぶ
一次創作サークル
堕ちて鬼灯、毒華喰んで燃ゆ -鬼妖異聞録- 1話 ~邂逅(かいこう)~
男性3 女性5 上演時間:150分 作者:白鷹 / 嵩音ルイ
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椿 (♀) 19歳
大見世華屋の花魁。牡丹に次ぐ花魁であり次代お職の肩書を持つ。八歳の時に若山に売られて以来引っ込み禿として外部は勿論、見世の内部の者達にも隠してお育てられた。元来の美しさと見た感じの可愛らしさで男の気を引く。芯の通ったしっかり者で、頭の回転が早く根付く性格は非常に厳しい。蓮太郎と恋仲にある。時々廓言葉遣いを忘れる。
蓮太郎 (♂) 19歳
華屋の若衆で料理番。生真面目で自他共に厳しく真面目な性格だが椿に関してはかなり緩い。華屋の元お職でもあった石楠花花魁の産んだ青年で大変な美形であり、よく陰間と間違われる。正義感が強く、冷たい表面とは裏腹にとても優しい。が、感情表現が苦手。怪異が起こった際に手の甲に刻まれた紋章から特殊能力を手に入れ、妖怪相手に戦う事が出来る。
桔梗 (♀) 17歳
牡丹の妹として育てられた振袖新造。美貌、芸事、所作などどれをとっても非の打ち所がなく椿に次ぐ娘として期待を集めている。華屋料理長蓮太郎の副料理長として働く颯太と想いを交わしており、椿と蓮太郎の関係に自分達を重ねている。非常に真面目な性格。
颯太 (♂) 26歳
元々は遊郭外の小料理屋の長男で、父親について働いていたが、父親を亡くして後生活が困難になった為遊郭内で働き、その料理の腕を買われて華屋への推薦状を手にして現在は、蓮太郎の下で副料理長として働く。牡丹の妹新造桔梗と恋仲にあるが、褥は共にはしていない。現在の立場に不満を持っているはずではなかったが・・・?
オティス (♀) 23歳
300年の封印から目覚めた「原典の勇者」。アンドラにより生み出された人造人間。顔も知らぬ誰かの幸せのため、そして他ならぬ大切なアニを護るために戦うことを選んだ。旅の途中立ち寄った原典世界の社に納刀されていた刀に触れて次元を超えた。そして若山遊郭に来てからもその志は変わらず悪質な実験を繰り返すヴァンハーフを止める為剣を取った。
アニ (♀) 12歳
オティスの仲間。魔法使い兼料理担当。明るく好奇心旺盛で、疑問に思ったことはすぐ知りたがるタイプ。思ったことをすぐに行動に移そうとし、周りを焦らせることも。オティスのためになることは何かを常に考えている。若山遊郭の和風の料理にも非常に興味津々。回復と少々の攻撃魔法が使えるが直接の剣術等は持っていない。年齢の割にはしっかりした女の子。
ヴァンハーフ (♂) 30歳
君臨勇者と呼ばれる傑物。仮面で顔を隠しており、その素性は謎に満ちている。人間とは思えぬほどの規格外な魔力を持ち、あらゆる魔法を使役、開発する多彩な人物。勇者同盟の総締めであり、王家ともつながりがある。何やら巨大な計画がある為あらゆる事に興味を示し、どんなに些細な事象も実験の検証結果として記録する。若山でも何かの実験を行っているようだがその内容は計り知れない。
威津那 (♀) 14歳)
ヴァンハーフの実験により殺生石より封印を解かれて覚醒した九尾狐。ヴァンハーフと協力し何かを企てているが現在その謀略の内容については判らない。性格は不遜で大変な我儘で自己中心的な上に堪え性がない。自身の目的の為ならば人間がどれだけ死のうが関係なく、女性は等しく皆己の餌だと言い張る。口調は古風な話し方で、命令口調が多い。炎系の魔法を使って攻撃する事が多い。
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【配役表】
椿 (♀):
蓮太郎 (♂):
桔梗 (♀):
颯太 (♂):
オティス (♀):
アニ (♀):
ヴァン (♂):
威津那 (♀):
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颯太 「魚を捌(さば)くのが上手かった父親、その隣で小料理屋の客に料理をもてなす母親。父親を真似て包丁を握って料理を始めたのがいつだったかなんてもう記憶にはない。そんなささやかでもほんのりと暖かい生活が永遠だと思えた。突然の病で父親が亡くなるまで―――。ここは若山遊郭。俺は今若山遊郭随一(ずいいち)と言われる楼閣(ろうかく)、華屋で料理番をしている。年若いけれど巧(たく)みな包丁捌きと素晴らしい料理の腕を持つ蓮太郎と言う料理頭(りょうりがしら)の下で。この男と女が偽りの恋を綴る町で―――」
アニ 「お姉ちゃん、今はどこに向かってるの?」
オティス 「ヴラドニアが妙な建物を見つけたっていうから、それを調べる。ついでに食料調達も頼まれたけどね」
アニ 「そうなんだ。およ、それがこの建物ってことでいいの?」
オティス 「渡された座標は確かにここのはずだけど・・・なんというか、こんな建築見たことないな。木造建築・・・ってやつ? かといってロッジ、とかじゃないし。なんか妙な雰囲気漂わせてるな。私が封印されてる間に出来た手法だったりする?」
アニ 「あたしもこんな建物見たことないよ? へんな建物だね」
オティス 「よし行くぞ! 未知の道が待ってるぞ! ふんふふ~ん」
アニ 「ほわぁ、すごい! 変わった建物だね! 面白いなあ・・・お姉ちゃん、なんか壁にかけてあるよ?」
オティス 「文字が書いてあるけど・・・読めないね。ん、武器が供えてある。なんだろうこれ、細剣(さいけん)の一種かな。キバイラが持ってたみたいな剣の形だ」
アニ 「そういうのあんまり触らないほうがいいんじゃないかな」
オティス 「へーきへーき。どれ、刃の状態はどうかなっと」
アニ 「えちょ、抜いたの!?」
オティス 「おお、綺麗な刃だね。綺麗に光って・・・光って? 剣が光ってる!? え、なんで!?」
アニ 「なになになに? なんか青い光が広がってるけど!?」
オティス 「な、これは・・・うそ、こんなことほんとにあんの!? う、うわあああああああああ!?」
颯太 「待てよ、桔梗!いきなり謝って別れたいって言われたって訳が判らない」
桔梗 「ごめんなんし、颯太。わっちの勝手な呵責でありんすから、赦してくんなんし」
颯太 「突き出しが決まって、俺が邪魔になった?確かに同じ楼閣(ろうかく)に勤める以上負担は大きいかもしれない。けど、最後の境界線さえ越えなければ」
桔梗 「違いんす!颯太を邪魔になんて思う訳がありんせん!そうじゃありんせん」
颯太 「じゃあどうして」
桔梗 「・・・、牡丹姐さんが間夫(まぶ)を亡くして辛い目に合ってるのに、妹のわっちが身勝手に間夫作って浮かれているなん恩知らずな真似は出来んせん」
颯太 「それは・・・、けど、そんな事言ったら椿花魁や蓮太郎だって」
蓮太郎 「俺と、椿が、なんでしょう?」
颯太 「うおああああ?!」
桔梗 「きゃあああ!」
椿 「桔梗・・・、颯太さんも、井戸端痴話喧嘩は目立ち過ぎでありんすよ?」
桔梗 「つつつ椿姐さんまで!」
蓮太郎 「台所が暑くて汗かいたから、体を拭いてから出掛けようと思ったんだ」
椿 「わっちは冷たいお水飲みたくて」
颯太 「出掛ける・・・、って、あぁ、もみじ屋か」
椿 「もみじ屋は行きんす。けんどその前に角名賀(かどなが)の跡地で地鎮祭(じちんさい)があるんでそれを見に行きんす」
桔梗 「地鎮祭(じちんさい)?・・・って何でありんしょう?」
颯太 「ああ、建物を建てる前にその地に宿る罪穢(つみけが)れを浄化して繁栄を願う為に、神社の宮司(ぐうじ)を呼んでお祓いをするんだ」
桔梗 「え・・・、行って、みたいで、ありんす・・・」
颯太 「行く?」
桔梗 「う・・・、うん」
椿 「ふーん・・・喧嘩はもういいの?」
桔梗 「あ!明日から!別れる!!」
蓮太郎 「明日から・・・?」
颯太 「はいそうですかって別れられる程物分かり良くないよ、俺は」
蓮太郎 「俺と椿が公認同然の扱いを受けてるからと、妙な仲間意識持たないで下さいね。同じ見世なんだから禁忌には違いないんです」
颯太 「そんなのは・・・、持ってないよ。ただ、好きなだけだ」
椿 「・・・あぁっ!颯太さんって!蓮太郎の副料理人だ!」
颯太 「今頃?!」
蓮太郎 「いつもの事。・・・、颯太さん・・・、ちょっと」
颯太 「・・・? なんだ?」
蓮太郎 「・・・俺から言う事じゃありませんし判っているとは思いますが、同衾(どうきん)はしないで下さい」
颯太 「当たり前だ。俺は・・・、桔梗を苦しめたい訳じゃない。年季十年を守る積もりだ」
蓮太郎 「ならいいです」
椿 「地鎮祭(じちんさい)なんてあたし見るの初めて」
桔梗 「わっちも! わっちもでありんす!!」
蓮太郎 「若山遊郭桜山町炎上事件からだいぶ経って手鞠屋と華屋は新しく建てられたけど、角名賀の方は色々計画が違うらしいのと跡地の清めをしたいとかなんとかで着工がだいぶ遅れたらしい」
颯太 「なんだか凄く大掛かりな祭事(さいじ)だな。祭壇が大きい」
蓮太郎 「角名賀楼の跡地は敷地が大きいからかなり大掛かりな建築になるし、曰く付きっていうのも払いたかったんでしょうね」
椿 「ね、ね。新しいお見世が建ったらお餅投げたりするかな?」
蓮太郎 「そりゃ、すると思うけど・・・、目的が、それ?」
椿 「そりゃそうでしょ。神主(かんぬし)さんが詔(みことのり)捧げてるのだって聞いても意味判らないし」
蓮太郎 「一番大事だろ、それ。言霊(ことだま)は霊力がある」
椿 「こと・・・、だま?」
蓮太郎 「志貴嶋(しきしまの)、倭國者(わのくには)、事霊之(ことだまの)、所佐國叙(たすくるくにぞ)、真福在与具(しんぷくありこそ)」
椿 「万葉集?」
蓮太郎 「うん、雜歌(ざっか)」
椿 「聞いた事あるような気がしなくもないけど、ってくらい?」
蓮太郎 「声に出した言葉が、実際に起こると言われている。だから神主(かんぬし)さんは詔(みことのり)を唱えて今後の事を祈るんだ」
桔梗 「蓮太郎さんって本当に物知りだよね? 憧れるなぁー」
颯太 「桔梗?!」
桔梗 「へへー、ヤキモチ? ヤキモチ? なんてね! 恋慕じゃありませーん」
颯太 「・・・、良かった。・・・ん、てか椿花魁、どうかしましたか? 変な顔して」
椿 「角名賀楼の跡地だからねー、禍事罪穢(まがごとつみけがれ)だらけだよね」
蓮太郎 「そういう事を言う。今、言霊(ことだま)の話をしたばかりだ・・・?! ・・・っ!!」
椿 「きゃああああああ!!!」
桔梗 「きゃあああああああ!!!」
颯太 「桔梗!! うっ! まぶし・・・っ!!」
蓮太郎 「・・・っく・・・、椿・・・、大丈夫か?」
椿 「馬鹿! またあたし庇ったりして!! 蓮太郎が怪我したらどうするの!!」
蓮太郎 「俺は大丈夫だ。頭ぶつけたりしてないか?」
椿 「大丈夫だよ。ホントにばか」
桔梗 「颯太もだよ!! バカバカバカ!!」
蓮太郎 「今の光は一体・・・」
椿 「雷、みたいな音がしたよ?」
蓮太郎 「うん・・・。多分雷だけど・・・、この晴天に? 雨雲一つないのに・・・、・・・っ?!」
颯太 「蓮太郎! あれ! 神主(かんぬし)が倒れてる」
桔梗 「祭事(さいじ)の設備もめちゃくちゃだよ?!」
蓮太郎 「・・・、人? 祭壇前には神主(かんぬし)しか居なかった筈・・・」
アニ 「あい、ったたたた・・・、何? なんかぱああって光が来てお空飛んだような気がしたよ!」
オティス「あーもうびっくりした! いきなりなんだってんだまったく・・・死ぬ罠とかじゃなくてよかった、け・・・ど。あ、れ?」
椿 「え?! 誰?!」
蓮太郎 「いや、その前に聞く事が沢山あるだろう」
椿 「なんか、でも、あの・・・、こういうの、知ってる、っていうか」
蓮太郎 「あぁ、確か2年前にもこういう事があったっけ」
椿 「か、変わった、着物、着てるね」
蓮太郎 「以前の人とはまた少し・・・、いや、だいぶ違うみたいだけど」
桔梗 「あの、失礼致しんす。あなたが下に敷いてる人を助けたいんでありんすが」
オティス「え、ええええ!? なんだここ!? さっきまでとはまるで様相が・・・わー! 誰か踏んでた! 死んでるー!?」
アニ 「い、息はあると思うよ!? ほら! 一応胸が上がったり下がったりしてるから!」
颯太 「生きてはいるんだな。良かった、けど・・・、あなた達は?」
桔梗 「本当にぐちゃぐちゃになっちゃって・・・、椿姐さん、何やったんでありんすか?」
椿 「は? 喧嘩売ってんの桔梗? わっちは何もしておりんせんよ。みんな何かあるとすぐわっちのせいにする」
桔梗 「だって姐さん、厄介事に巻き込まれるの大好きじゃ」
颯太 「いや、好きで巻き込まれる人はいないと思う」
桔梗 「でも椿姐さん、だいたい巻き込まれておりんす?」
椿 「ぁう・・・。でも、今回は違いんす」
蓮太郎 「・・・とも、言いきれない気がする」
颯太 「蓮太郎?!」
椿 「はぁ?! 何なんで?? どういう事? あたし何もしてないじゃない!」
蓮太郎 「雷が落ちる前、何を話してた?」
椿 「え・・・、ん、と・・・。言霊(ことだま)、の話」
蓮太郎 「うん。それで、詔(みことのり)を唱える神主(かんぬし)の言葉に反して、何を言った?」
椿 「あ」
蓮太郎 「心当たりがあるなら合格」
椿 「何よ!馬鹿にしないで!」
桔梗 「ほらー、椿姐さんが原因なんじゃありんせんかー」
椿 「違うけど違いんせん。っていうか、わっちが悪かったのは認めんす。けんどこの現象が判るかと聞かれたらわかりんせん」
颯太 「椿花魁・・・、昔からその美貌はおかしいと思っていたけど」
桔梗 「うんうん、実は妖怪魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類で仲間をここにおびき寄せてるって事じゃありんせんのか?」
椿 「わっちは妖怪じゃありんせん! 何? 二人して!」
蓮太郎 「妖怪餡舐め」
椿 「蓮太郎!?」
蓮太郎 「ただただ、餡子が欲しいだけに人の台所にこっそり入り、ただただ餡子を指ですくって舐めて去って行くという妖怪」
椿 「蓮太郎!!」
蓮太郎 「ごめんて」
オティス「ちょ、そっちだけで話進めないでくれるかな! ここ何処!? 私は誰!?」
アニ 「記憶が飛んでる!?」
椿 「あー、もう!! 責任取りんす! まずあなたのお名前を教えてくんなんし!」
オティス「あ、ああ。私はオティスです。こっちの可愛いのがアニ」
桔梗 「その・・・、非常に言い難(にく)い事でありんすが・・・。二人とも、随分と破廉恥な召し物でありんすな」
颯太 「本当だ・・・。そんなに足を出して、恥ずかしくない?」
椿 「うひゃあ! ホントだ! そ、そんな格好で歩き回ったらキチガイだと思われちゃうよ! と、とにかくわっちの部屋にきてくんなんし」
アニ 「キチガイって、そんなに変かな? 動きやすくて楽だよね? ね? お姉ちゃん」
オティス「そりゃ、動きやすさ重視だから。あとアニちゃんは可愛さプラス」
椿 「普通、肌は隠すものでありんす! 周りの人たちを見ればわかりんしょう?!」
アニ 「ほんとだ、みんな丈の長い服着てるね」
オティス「ええ・・・動きにくそうだなあ」
椿 「一緒に居るとこ見られるの恥ずかしいから! とにかくわっちの部屋に来てくんなんし!!」
オティス 「そんなに恥ずかしいの!?」
オティス「ここがどういう世界なのかは取り敢えず判った。というわけで、どうやら違う世界から迷い込んでしまったらしいです」
アニ 「らしいです」
椿 「だいたい判りんした」
オティス「お・・・理解早くない? びっくりした。蓮太郎君も判ってるみたいだし」
桔梗 「蓮太郎さんや椿姐さんは元々飲み込みが早いのもありんすが、前例があったんでありんす」
アニ 「前例? じゃあ、そのあたし達みたいな人が来たことあるんだ。知ってる人かな?」
桔梗 「知り合いかどうかは存じ上げんせんが、見た感じはまた違う出で立ちでありんしたな」
オティス「出で立ち・・・。ところで、さ・・・この服すっごい動きにくいんだけど!」
颯太 「あー、済みません。華屋に居る以上は諦めて下さい。足を出すのはみっともない」
オティス「足全然動かないし!こんなんじゃ剣も振れやしない!」
桔梗 「剣・・・? ってなんでございんしょう?」
椿 「外国の刀の事じゃないのかな? わっちは何かの文献で読んだ気がしんす」
蓮太郎 「・・・剣を振る? という事は戦うんですか?」
オティス「戦うよ、私。ほらこれ剣なんだけど・・・、あれ、なんかやけに重いな」
蓮太郎 「・・・、あの、見せて戴いてもいいですか?」
オティス「うん? 別にいいけど・・・鞘から抜いて、と。はい、見た目以上に重いから気をつけて」
椿 「待ってね、持ってく・・・、おふぁ?!?! 重っ! え? 何これ重い!」
アニ 「お姉ちゃん、それ片手で振るよ」
蓮太郎 「かなりの重量がありますね、両刃・・・。切るというより叩き割るという感じの使い方なんですよね。柄は硬質、鎬筋(しのぎすじ)は中央に一本」
アニ 「七星剣って言うんだよ! すっごい剣なの!」
蓮太郎 「七星剣・・・、振れるんですか? 三尺刀の三倍はありそうな重量です。多分俺は振れないです」
オティス「これが振れちゃうんだなー! っと、あれ?重いぞ。あれれれれ?」
桔梗 「振れておりんせんよ?」
椿 「すんごい勢いで引きずりんしたな。あぁ! 畳の目地が擦れてる!」
颯太 「ああー・・・、これは、畳入れ替えになるなー・・・」
オティス「・・・やばいわアニちゃん。こっちだと私、強化使えないかもしれない」
アニ 「え?あ、待って?じゃあもしかして・・・あたしも、魔法駄目だ」
桔梗 「魔法・・・、ってなんでござんすか? やっぱり異国の方は判らん言語を使いんすな」
アニ 「魔力を使って、いろんなことが出来るんだよ!火を起こしたり、氷をつくったり、あとは傷を癒したりとか!」
蓮太郎 「・・・うん・・・、その、使えるとか使えない、というのは魔法を使うのに特別な何かが必要、という事ですか?」
椿 「蓮太郎、真剣だね」
蓮太郎 「もしオティスさん達がなんらかの事件解決の為に来たなら、万全で戦って貰わないと誰かが犠牲になる」
椿 「あ・・・、前も・・・、沢山亡くなったもんね」
アニ 「そうなんだね。お姉ちゃん」
オティス「私達については、使うための力が補給できない、って感じ? 食事でどうにかできればいいけど・・・、どうかな」
颯太 「食事なら俺と蓮太郎で何とか出来る」
蓮太郎 「そうですね、食事は協力できそうですが、他にその力の入手方法はありますか?」
オティス「強いて言うなら、魔法は女神から授かるものだって考え方があるんだ。だから・・・信仰が集まるところとか、ある?」
椿 「信仰が、力になりんすか? 神様にお参りする所はありんすよ。わっちも毎日お参りに行きんす」
アニ 「じゃあ、そこに行ったら何とかなるかな!?」
オティス「わかんないけど、可能性は高いね」
椿 「そんなら行ってみんしょう? 行動あるのみ」
オティス「そうだね!じゃあ早速・・・のわあ!? べ、ふぅ・・・」
アニ 「・・・転んだね」
椿 「みっともないけど端折り幅広に取りんしたよ? なんで転びんすか? 意味わかんない」
オティス「ねえ~なんで蓮太郎君や颯太君みたいに端折っちゃだめなのぉ!? ほんとに動きにくいんだけど! ラフな服ないの~~!?」
ヴァン 「この世界にも命が溢(あふ)れている。ああ、とてもいいね。遍(あまね)く命が一つの理に首を引かれて同じ方向を向いている。ヒルブデリ程周りくどい手を使わずとも、こういうやり方もあったのか。とても興味深い」
威津那 「また難しいことを考えよってからに。人なんぞ総じて妾(わらわ)の贄(にえ)と成るものであろうが」
ヴァン 「それは短絡的すぎるかな?ともかく――君の御眼鏡に叶う人間はいたようだね」
威津那 「がぶ、はむ、ちゅる・・・ふむ、相応の生活をしていたおなごに見える。妖力が濃いわ」
ヴァン 「場所によっては睡眠と食事以外、ほとんどの時間を男の相手に費やす者もいると聞くよ。常に生命力を注がれている、と言えるね」
威津那 「知っておる。羅生門河岸(らしょうもんがし)、というところであろう? あのような扱いを受ける人間を、わざわざ食うほど妾は物好きではないわ」
ヴァン 「そうか。まだ幼いところを見ると・・・大切にされてきたんだろうね。素晴らしい」
威津那 「妾に食われるため、今の今まで生きてきてくれたのじゃな。其方の生存を讃えよう、名も知らぬ少女よ」
ヴァン 「この町には女が多い。重ねて言うなら生活水準も場所を選べば上々だ。その子に限らず、君好みの子も見つけやすいだろう」
威津那 「まずは完全に力を取り戻さねばならんな。贄は多いほうがいい、妾の食事にお主も貢献せよ。研究とやらで効率よく妖力を貯める方法があるならそれも提示する事を許そう」
ヴァン 「まだ君には不明瞭な点が多い、予測だけで語るのは今は避けたいね。どれ・・・袂(たもと)の中に銀の板が何枚か入っていた。これがこちらでの通貨ということかな」
威津那 「買い物帰りと言う事じゃろうて。美味い食事に感謝するぞ? 今なら、狐火くらいは出せるじゃろうか」
ヴァン 「食べ終えた死体はしっかり隠しておいてくれ。ここの隠れ家は、まだ見つかるわけにはいかないんだ」
威津那 「お主がやれ。面倒じゃ」
ヴァン 「ふむ・・・さては、片付けは苦手かな?」
威津那 「なっ!? 痴れ者めが! その程度妾にとっては造作もないわ!」
ヴァン 「では、君の実力を見せてほしいな」
威津那 「いずれ見せてやろう。あと一人連れてこい共犯者。蓄えが足りぬ」
ヴァン 「それは、堂々巡りというものではないのかな?」
威津那 「いざとなったら其方から生命力を啜(すす)ることになる。覚えておくがいい、せいぜい妾にひもじい思いをさせぬことだな」
ヴァン 「そうか・・・この体の持ち主曰く、もっと美しい女の方が好みらしいが?」
威津那 「誰もお主とまぐわうなど言っておらぬ!血を寄越せと言う意味だ!」
椿 「ここが真澄田神社(ますみだじんじゃ)でありんす」
アニ 「ほわぁ! ここに来る前に見た建物にそっくりだ!」
オティス「本当だ・・・やっぱりあそこが繋がってたのか」
椿 「神社は町の四隅と、目抜き通りから見えた朱塗りの大門(おおもん)の傍に一つありんす。外の神社は見た事ありんせんが」
アニ 「祈りを捧げる所が多いんだね?」
蓮太郎 「神仏を崇める心を失くして、将来を描けないでしょうから」
オティス「不思議だね、此処の人たちってそんなに信心深い様には見えなかったんだけど」
蓮太郎 「・・・、そうですか?」
アニ 「お姉ちゃん。とても沢山の願いと祈りの力がある。感じるよ、とても大切にされてる」
オティス「ここなら・・・少し毛色違うけど、使えるかもしれないな」
アニ 「とても気持ちよくてきれいな空気が流れてる。信仰と人間の繋がりがとても深いんだね。すーっ、はー・・・。うん。目を閉じると力が流れ込んでくるのが判る」
オティス「邪な物を祓うなら、何かあった時に逃げる先はここがいいかもしれない」
椿 「どうぞ、お賽銭」
オティス「え、お、おさい、なんだって?」
椿 「アニさんもどうぞ」
アニ 「ありがとう!えーっと、お供えみたいなものかな? ここの箱に入れて祈る。ぱんぱん! 神様、どうか私達と世界に平和を」
オティス「世界に平和を、人々に安らぎを」
アニ 「これでここの世界の神様への挨拶終わったね! って、あ、蓮太郎さんまだ祈ってた」
椿 「蓮太郎は、なかなか忙しくて来られないけど来た時はいつもお参りが長いの」
オティス「信心深いように見えないなんて失礼な事言っちゃったな。きっと、守りたいものが沢山あるんだね」
蓮太郎 「っ?! 痛・・・っ!」
椿 「蓮太郎?!」
蓮太郎 「あ、あぁ、ごめん、なんでもない」
椿 「何でもないって感じじゃなかったよ?」
アニ 「およよ?」
オティス「どうしたの? アニちゃん。・・・ん?」
蓮太郎 「手の甲に針が刺さったような痛みが走っただけ。でも一瞬だったから大丈夫だ」
椿 「むぅ・・・、見せて」
蓮太郎 「大したことないし、籠手(こて)を外すのが面倒臭い」
椿 「見ーせーてー!」
アニ 「あの! あ、あたしも見たい! かも」
蓮太郎 「って・・・、なんで?」
アニ 「え、なんでってあの、その、えっとなんて言ったらいいのかな? ぱきーんってこうガッて来た感じがするの!」
蓮太郎 「・・・、・・・え?」
オティス「判るよ、アニちゃん」
蓮太郎 「え? 判るんですか? 今ので?」
オティス「アニちゃんの言葉というよりは、雰囲気かな? ともかく見せてほしいんだ」
蓮太郎 「そんな風に詰め寄られると見せたくないんですが・・・、理由は教えて戴(いただ)けないんですか?」
オティス「こう・・・、感じるんだ。紋章の波長を、さ」
蓮太郎 「紋章・・・、波長。聞いた事のない言葉ですね」
オティス「こっちの世界のものなんだ。勇者特権って言ってね、力あるものが認められると授かることが出来る紋章なんだ」
椿 「勇者特権って、何・・・?」
オティス「勇者特権って言うのはね、私たちの世界だと何をしてもいい証と言うか、強くなれる力というか」
椿 「何それ。何をしても許されるとか、光源氏みたいな? 私嫌いなんだけど」
アニ 「ねね、蓮太郎さん。何か、感じる? ほわーっとした温かい感じとか、力がぶわーってでてくる感じとか!」
蓮太郎 「熱を帯びている気はします。後は僅かに脈動しているというか。あ、痣が出来てる、変な形の」
椿 「ほんとだ、六角の家紋・・・? みたい。変なの」
オティス「・・・まあ、馴染みがないとそう感じるよね」
アニ 「けど、なんで? 蓮太郎さんに紋章が出てくるなんて」
オティス「これ、人為的なものなはずなんだけど・・・、私たちと蓮太郎くんたちの世界が繋がったことで、そのための力も流れ込んだのかな」
アニ 「あれ? でも勇者特権って・・・、えと、蓮太郎さんって、戦えるの?」
蓮太郎 「さぁ?」
オティス「さぁって・・・、割と重要なところなんだけど??」
蓮太郎 「あなた方の戦いの基準が判らないので何とも答えられません」
オティス「うーん・・・蓮太郎、何か武器持ってる? 短剣とか、そういうの」
蓮太郎 「・・・、多少。脇差くらいですが」
オティス「見せて見せて。へー、こっちの剣はこんななんだね。刃が薄いというか、軽い?」
蓮太郎 「父親代わりだった人の形見です。銘は柳生(やぎゅう)。柳の様にしなやかな刃で、良くは判りませんが俺にとっても所縁(ゆかり)のある方から貰ったのだそうです」
オティス「形見・・・か。そうか。さぞ大事にしてきたんだろう、ねっ!」
蓮太郎 「・・・っ?! なんですか?」
オティス「お、反応した。さすがだね蓮太郎君、身体の動きはどうかな?」
蓮太郎 「いきなり切り掛かって来るとは、何か気に要らない事をしましたか?」
椿 「なんで? ちょ、ちょっと! オティスさん、何してるの?!」
蓮太郎 「椿! 近くに来るな!」
オティス「・・・いいね。目つきが変わった。守りたいものがある、戦士の目だ」
蓮太郎 「椿を巻き込んだらあなたが何者であれ殺しますよ」
オティス「隙がない。左右上下背後どこをとっても一太刀では仕留めさせてはくれないね、そら、もう一刀!」
蓮太郎 「っ!」
オティス「何それ? 鉤爪(かぎづめ)みたいなものが付いてる」
椿 「十手・・・」
蓮太郎 「く・・・っ! 刃を受けて絡め取るものです。これで奪えないとは呆れた馬鹿力ですね」
オティス「褒め言葉どうも!」
アニ 「お姉ちゃん! なに遊んでるの、もう!」
オティス「いや、紋章が出たって言うからさ。元から実力者だったと見た。どれくらい強いのか知りたくて。ごめんごめんもうしない。返すね」
蓮太郎 「試したんですか? ・・・、刃毀(はこぼ)れした。研いで貰わないと、全く。人の形見を酷い扱いして」
オティス「うん。なんとなく理解できたよ、頼りにできそうだ」
蓮太郎 「雷引き連れて別の世界から来る人の役に立てるとは思えないんですが。ところで、お二人とも、魔法・・・、でしたか? 使える見込みはありそうですか?」
オティス「え?ああ、そうか。確かめに来たんだったね。ええと・・・風よ!」
椿 「きゃああ!!」
蓮太郎 「椿!! ・・・、大丈夫か?」
椿 「転びそうになっただけ、大丈夫だよ? 何、今の突風」
蓮太郎 「オティスさん、あなた方は戦いや魔法などの不可解な術を使う事に慣れているかもしれませんが、椿は違います。少し行動を考えて下さい」
オティス「ごめん、怒らせるつもりはなくて。なんか出力弱いな、もう一度、今度はこっち向いてー、『誘惑破りの逆走(アイオロス・ボクス)』!!」
アニ 「わああああ!! 木がいっぱい倒れたぁ!!! なんかちっさい建物も!!」
威津那 「ちゅる・・・ほほう、純粋な血・・・、絶品じゃ。どこで手に入れた?」
ヴァン 「大して難しくもないさ。僕が居た世界程脅威が多い訳ではないのだろう。数秒後に死ぬかもしれないという未来は誰の頭の中にもない。この二人も人の居ない路地裏で愛を語り合っていたよ」
威津那 「それを攫(さら)って来たのか。お主、不粋者よな、あむ・・・、ちゅる」
ヴァン 「君が妖力を得るのには血液が最良と言う事かな。少し方法を見直してもよさそうだ」
桔梗 「あ・・・、う・・・」
威津那 「じゅるり・・・。この娘の血、吸い尽くしてしまうには惜しいな。生きるに可能な血を残し、回復した所を再度貰おう」
桔梗 「た、すけて・・・」
颯太 「貴様・・・! 貴様!! 桔梗を放せ!」
ヴァン 「君は、とても彼女を好ましく思っているんだね」
颯太 「うるさい!!貴様に! 貴様らに俺の気持ちが判るか!!」
ヴァン 「判るとも。愛しい女性を守りたいと願うのは当たり前の事だよ。僕が連れ去ろうとした時に我が身を顧みず、命を賭して追いかけてきた。その勇気と愛に賞賛を送ろう」
桔梗 「ご、めんね、颯太・・・。わっちが、あんな裏路地に・・・、逃げ込んだせいで、こんな目に」
颯太 「桔梗のせいじゃない!」
威津那 「さて、この娘はどこに帰せば良いかの?」
颯太 「え・・・?帰らせる・・・?」
ヴァン 「勿論だとも。命とは尊ぶもの、こんなところで死なせてしまう愚か者ではないつもりだよ」
颯太 「何を考えている!!」
威津那 「やかましい男じゃ。男の沈黙は金なりと知らぬのか」
ヴァン 「この娘の暮らす楼閣に帰すのがいいだろうね。華屋、と言ったかな。ここに来る途中に見ただろう?」
威津那 「華屋、か。この娘あの楼閣の娘か。なるほどのぅ、妾の嗅覚は間違っておらぬという事じゃ」
ヴァン 「人は優しいからね、死にかけた他人を放置出来ない。まして彼女の様に大切に育てられる環境ならばきっと手厚く看病をして貰えるだろう。健全な血を継続的に摂取したいのならば、彼女を「育てさせる」のが都合がいい」
威津那 「いかにも。あの華屋と言う楼閣、素晴らしい血が揃うておる。何と言ったかの? 菫、と呼ばれる娘、百合、あとは・・・、なんじゃったか覚えておらぬわ」
桔梗 「菫や・・・、百合に、手を出したら・・・、許さない、から」
ヴァン 「ふむ、気丈だね。自身がこの様な目に遭遇しながら他者を慮れるというのはなかなか出来る事ではない」
威津那 「倭の国の人間は男も女も己の命を懸けられる忠義と忍耐を志にしておるらしいからの」
ヴァン 「なるほど、それは興味深い」
桔梗 「番所に通報しんす」
威津那 「番所とはなんじゃ」
ヴァン 「町の警備や安全を守る為の組織だ。通報出来るならばすればいいと思うよ」
桔梗 「怖くないといいんすか!」
ヴァン 「怖いに決まっているとも。人に追われ罪を言及され罰則を与えられ、過剰な措置ならば極刑もやむをえない。怖いよ」
桔梗 「嘘・・・、吐き。恐怖なんてまるで感じていない癖に!!」
威津那 「ああ、喧(かしま)しい。妾はまだ妖力が足りぬ。もう少し食事をしてまいる故、後を頼むぞ」
ヴァン 「あまり節操なく食べ散らかないようにね。さて――華屋に帰ろうか」
颯太 「ちゃんと安全に帰すんだろうな?!」
ヴァン 「僕は嘘はつかない主義なんだ、そこは信頼してくれていいよ。ただし、君はここに残って貰う」
颯太 「え・・・?」
ヴァン 「二人共を仲良く返してあげる理由もないからね。桔梗、だったかな? この彼がどうなっても構わないなら、通報でも密告でも何でもするといい」
桔梗 「・・・っ?!」
颯太 「なん・・・っ!俺を、脅迫材料にする積もりか!」
ヴァン 「君たちの間にある絆は、君たち自身が一番価値を知ってるはずだ。失いたくはないだろう?」
桔梗 「卑怯者!!」
ヴァン 「さて、君にはこれだよ」
桔梗 「嫌!!なんで目隠しなんかするの?!放して!!」
颯太 「桔梗!」
ヴァン 「ここは隠れ家としてとても気に入っていてね。帰りの道順からこの場所が露見するのは避けたいんだ。協力してくれるかな」
颯太 「何が協力だ!ふざけるな!!」
桔梗 「いや!颯太!颯太!!」
颯太 「この・・・っ!!うあああああ!!」
ヴァン 「その魔の鎖は決して捕えたものを放さない。あまり暴れると怪我をしてしまうよ?抵抗するのはやめた方がいい」
桔梗 「颯太ーーーっ!!」
オティス「あ、えっと・・・どう、だった・・・?」
椿 「壊した部分の修理代としてお母さんから書付を貰ってきんした。植木一本二両二分が六本。猪牙(ちょき)の詰所ひと棟二十五両、猪牙舟(ちょきぶね)、一艇八両三分が二艇、合わせて六十両と二分」
アニ 「ふわー、お金の単位が全く分からない・・・って事はお金の種類が違うって事だよね?」
オティス「勿論返す積もりで働くんだけど、目安って言うか・・・。何メナくらいになるかなー?って」
蓮太郎 「メナ・・・。当たり前ですがお金は持っていない様ですね。ちなみに割とましな旅籠(はたご)・・・、宿に泊まった時一宿一飯で一人幾らくらいですか?」
オティス「ましな宿で一宿一飯、夕食付きとなると・・・、大体食事一回で100メナだから750メナくらいかな? 地域差はあるけどね」
蓮太郎 「750メナ・・・。食事が100、・・・ではだいたい一両は7000~8000メナだと思います」
アニ 「いち?! 一両が8000?! その60倍って?! ええと?!」
椿 「48万メナくらいでありんすな」
アニ 「うっひょあぁあぁあ?!?! 二分(にぶ)って?二分って何??聞くの怖いけど!」
椿 「一分(いちぶ)が一両の四分の一、つまりは2000メナでありんすね」
アニ 「ひょおぁあぁあぁあぁあ?! カラドインコーヒー2杯ぶーん?!」
オティス「金額もすごいけど、何となく計算できちゃうんだ。そういう感じの人なんだね、蓮太郎君も椿ちゃんも」
椿 「お金は、命でありんすから」
アニ 「ん?普通に暮らして行けるだけのお金があれば、全然そんなに沢山要らないよね?」
オティス「六十両と二分、どの魔物何匹分かなぁ・・・? あはは、目が回ってきた」
椿 「わっちは借金のお手伝いできる余裕はありんせんよ?」
蓮太郎 「俺も同じくです」
オティス「うん、お金だからね! 手伝って貰おうとは思ってないよ! そのですね、稼ぐ方法とか教えてくれるとうれしいかなー・・・なんて」
蓮太郎 「番頭に仕事を貰えるように伝えるのはいいですが、十中八九客を取れって言われますよ」
アニ 「およよ?? お客様の、命を取るの?!」
椿 「物騒でありんす。確かに命を捨てるほど入れ込む人もおりんすが」
オティス「命を入れ込む程? 何に?」
蓮太郎 「客が花魁と言われる見世の妓に入れ込むんです」
アニ 「お金は命・・・命で払えるの?お金って。払えたとしても嫌だな」
蓮太郎 「払えませんよ。客は・・・、己の金の持ち回りをかなぐり捨てて椿に会いたいと金を使い果たして借金まみれになるんです。果てに首を吊って死ぬか、町で犯罪を起こして処刑されるか」
オティス「そんな簡単に、死ぬの・・・?」
椿 「金と命、天秤にかけたらどっちが重たいでありんしょうね」
オティス「・・・、なるほど。最悪だな」
蓮太郎 「仕組みは変わりませんからね。仕事を紹介して貰えるようには話しておきます」
桔梗 「華屋は、こっち、かな・・・くらくらする。頭・・・だれ、か」
椿 「桔梗!どこに行っておりんしたか?! 初見世前の大切な時にこんな遅くまで! 牡丹姐さんがどれだけ心配していると・・・、桔梗?」
蓮太郎 「椿、桔梗さん、帰って来たのか、良かっ・・・? 顔色が・・・」
桔梗 「・・・つば、き・・・、姐さん・・・。わっち、は・・・っ」
椿 「桔梗?!桔梗!!どうしたの?!桔梗!」
桔梗 「颯太が・・・、捕まった、の・・・」
蓮太郎 「颯太さんが?捕まったって、誰に?」
桔梗 「蓮太郎さん・・・っ! お願い・・・っ!お願い!! 助けて・・・っ!」
椿 「やっぱり何かあるんだよね。オティスさんにも伝えた方がいいかな」
蓮太郎 「ひとまず桔梗さんを部屋に運ぼう」
椿 「うん、じゃあ、あたしの部屋に運ぶ。確か流燈(りゅうと)先生が遊郭に来てた筈だから診て貰うね。牡丹姐さんには心配かけたくないから適当に説明して貰ってもいい?」
蓮太郎 「判った」
颯太 「放せよ! 畜生! 変な鎖で雁字搦(がんじがら)めにして!」
ヴァン 「少し大人しくしてくれるかな。暴れて解けるような単純な鎖ではないよ」
颯太 「桔梗はちゃんと返したのかよ! 答えろ! 仮面野郎!」
ヴァン 「威勢が良くて逞しい、素晴らしいね。無論、しっかり返したとも。その後しばらく様子を窺っていたがすぐに同じ楼閣の女性に発見されて手厚く看病を受けていた」
颯太 「同じ楼閣・・・?」
ヴァン 「小柄の大変に美しい少女だったよ。心配の余り激高して怒ってはいたが凛とした良く通る声の」
颯太 「椿・・・、花魁かな?」
ヴァン 「君は、あの楼閣に勤めているのかな?」
颯太 「そうだよ! 今晩だって帰らなきゃいけないんだ! 今日の客の数を蓮太郎さん一人に任せるなんて! 畜生! 放せよ!」
ヴァン 「君と桔梗という少女の関係性は判った。愛し合っているのだろう。だが肉体的な関係はなさそうだ。威津那も言っていたが桔梗という娘は生娘(きむすめ)だと。僕にそういう感情はないが、一般的に言えば夜を共にしたくなるものではないのか」
颯太 「・・・っ!うるさいな!そういう・・・、関係は、持ったら駄目なんだよ。しきたりも知らない外の人間がごちゃごちゃうるせぇな!」
ヴァン 「逆鱗(げきりん)に触れてしまったようだね、すまない。そう、僕はこの町の事を良く知らないんだ。だから知りたいと思っている。
協力してはくれないかな?」
颯太 「ふざけんな!知らないままこの町からあの変な子供連れて出て行けよ!」
ヴァン 「何も無償で情報を求めている訳ではないよ。そうだね・・・、等価交換として、君の望みを叶える力を授ける事が出来るよ?」
颯太 「力・・・?って、え?た・・・、例えば料理頭になれる・・・、とか・・・?」
ヴァン 「そうか・・・君は、今の立場が気に入らないのだね?」
颯太 「や、いや・・・、そうじゃない! 違う! 今のは」
ヴァン 「僕は何も言っていない。今のは君の本心だろう?」
颯太 「そんな事・・・、だって、蓮太郎が敏腕なのはみんなが認めてるから・・・っ!」
ヴァン 「蓮太郎、その人間がいなければ君は『料理頭』になれるのか。追従する実力を持っていると?」
颯太 「俺は!他の誰にも負けない位の腕前はあるさ! 蓮太郎なんて、年下なのに・・・、ただ楼主(おやかた)に気に入られてたってだけで・・・、俺は」
ヴァン 「人と人の繋がりは得をもたらすが、時に公平さを見失う。正しき道を示す為の力と、愛しい人を腕に抱く権利。どうだい、欲しくないかい?」
颯太 「いや、でも、・・・だって、そんな」
ヴァン 「そのための力は僕が与えよう。もう、忍耐や我慢など必要ないんだよ」
アニ 「血を抜かれてた・・・って、血を抜くの?なんでそんな事するんだろう」
オティス「私たちの世界では、魔力や妖力を運ぶのは血液なんだ。こっちでも同じだとするなら、魔力を必要とする魔物に吸い取られたんじゃないかな?」
椿 「流燈先生が言うには、首筋に大きな噛み跡があったって。多分そこから血を抜き取ったんだろうって」
アニ 「間違いなく魔物の仕業だよね。ところで蓮太郎さんは?いないの?」
椿 「仕事中でありんす。その、行方不明になった颯太さんて、蓮太郎の下の人で良く働く人だから、居なくなっちゃって物凄く忙しいみたい」
アニ 「あたしあたし!お料理ならお手伝い出来るよ?」
オティス「待って、アニちゃん。文化の違う料理はきっと覚えるのが大変だから逆に迷惑かけるかも」
アニ 「そんな事ないもん!頑張るもん!」
椿 「・・・鯛の活け造りって・・・、判りんすか?」
アニ 「ん・・・? 鯛ってお魚だよね?お池作るの?鯛さんが?海のお魚なのに?」
椿 「台所に行ったら怒られるよ?やめといたほうがいいと思う」
オティス「颯太さんか・・・。日が暮れちゃったから探すのは困難だろうね。夜が明けるのを待つしかないか。蓮太郎がいないのも勝手が判らなくて効率が悪い」
ヴァン 「同期完了・・・、と言いたい所だが。移転の為の次元経路が歪んでいると見える。本体との同期が上手く取れていない。これは少し困ったな」
威津那 「何を言うておる。そなた時々妾の知らぬ事を申す故さっぱり判らぬぞ」
ヴァン 「ああ、これについては判らなくても問題はないよ。君との協力体制に於いて不備はないからね」
颯太 「き、きょう・・・、桔梗・・・。桔梗」
威津那 「それに、こやつ壊れておらぬか? おなごの名前を繰り返し繰り返し呼び続けておる」
ヴァン 「随分と執着が濃いんだね、これも愛故かな」
威津那 「気持ち悪いわ」
ヴァン 「初期に行った同期方法の方が良好な結果を出していた。やはり僕の本来の仮面を介さないのは安定性に欠けるのかな。しかし、いや、どうだろうか・・・」
威津那 「妾は美味い糧が入手出来れば今の所問題はない。それで?その男はどうするのじゃ?」
ヴァン 「この男が務めている楼閣(ろうかく)は町の中で一番大きな稼ぎを誇る代表的な娼館らしいからね。町の情報を集めるには最適だろう」
威津那 「なるほど?情報収集に使う駒という訳じゃな?確かに勝手が判らぬので色々苦労しておる」
ヴァン 「元の世界では有能な情報屋の端末がいたのだが、当然ながらこちらの世界の事は判らない。何より回線が不安定なんだ」
威津那 「幾つも体を持つとは便利なようでなかなか面倒じゃの?」
オティス「妙な鎖を使う背の高い仮面の男と幼女・・・、か。後者はともかく、前者は余りに心当たりがありすぎる」
アニ 「なんかもう特定して下さいってくらいの情報だよね」
桔梗 「・・・颯太が、捕まったままなんでありんす」
オティス「知ってるよ。苦しいだろうに、うなされながら彼の名前呼んでたから」
蓮太郎 「場所は?判りますか?」
桔梗 「判りんせん、気が付いたらそこにいて、帰る時は目隠しをされて・・・、わっちは・・・、わっちは・・・」
椿 「桔梗、颯太さんが心配なのは判りんす。けんど早く体を治して遅れた初見世の準備を進めねばなりんせん」
アニ 「椿さん、あの・・・、こんな目に合った人に・・・、その・・・。ちょっと厳しすぎるんじゃないかな? 仕事より恋人さんの方が大事でしょう?」
オティス「うん、私もアニちゃんと同意見だ。仕事はゆっくり療養を取って体を治して、颯太さんを見付けてからでもいいんじゃない?」
桔梗 「やっ!そ、それは、無理!」
オティス「桔梗ちゃん、大丈夫だよ。私達もいるから。ゆっくり休んで」
アニ 「そうだよ!私も少しずつ回復魔法使えるようになって来てるから、どーんと任せちゃって下さい!」
椿 「はぁ・・・。蓮太郎・・・、ざっと経費書けんすか?」
蓮太郎 「はい」
桔梗 「や、あ、あの・・・、いや、見たくない」
椿 「桔梗が見たくないなら、これをこのまま牡丹姐さんに渡しんすよ?」
桔梗 「それはもっと嫌!」
オティス「な、何をそんなに嫌がってるの?」
蓮太郎 「椿は言いましたよ。金は命だ、と」
オティス「・・・仕事があるから先伸ばしにはできない、と。それってどうなのさ」
桔梗 「オティス様、わっちは大丈夫でありんすから、お気持ちだけ戴いておきんす」
オティス「・・・桔梗ちゃんが納得してるなら、私にこれ以上言えることはないや」
アニ 「颯太さんの捜索はやめないよね?」
オティス「当たり前だよ」
桔梗 「あの・・・、ごめんなさい、オティスさん」
オティス「あ、うん、どうしたの桔梗ちゃん。うん、顔色随分良くなったね、元気そうだ」
桔梗 「心配かけて申し訳ありんせんでした」
アニ 「元気になったならそれでいいよ!」
桔梗 「それで、あの・・・颯太が、まだ帰って来んのでありんすが・・・」
アニ 「うん・・・、だよね。椿さんや蓮太郎さんの協力がないとあたし達も身動きが取れなくて」
オティス「闇雲に探してどうにかなる物じゃないけど・・・、確か裏路地に行ってから二人とも拉致されたんだよね」
アニ 「あ、そっか! そこからの足跡で何かわかるかもしれない! あたし、探してくる!」
桔梗 「でも、その、こんな事が椿姐さんに知られたら」
オティス「心配しないで。寝て起きたら感覚も戻ってきた。武器も短刀しか貰えてないからちょっと心許ないけど、そこらの人に急に攻撃されてもなんとかなる! と、思う」
アニ 「あ、あたしも付いて行く!」
オティス「アニちゃん、まだ魔法使う感覚戻ってないんじゃないの?」
アニ 「なんとなくだけど、気配は読めるようになったよ。颯太さん、だよね? 少し覚えてる。だから探すの手伝えるよ!」
オティス「うん、わかった。けど、危なくなったら全力で逃げるから。いいね」
アニ 「うん!じゃあ、ちょっと行ってくるね桔梗さん!」
椿 「待ちなんし」
オティス「あ、やばっ」
椿 「わっちに知れたらまずい、けど放っておけないから人頼み。随分賢(さか)しい真似しんすな? 桔梗」
アニ 「もう、椿さん! 仲間が帰って来ないんだよ? 心配じゃないの?」
椿 「自身の身一つ守れん様な若衆など要らん」
アニ 「い・・・、要らない人なんている筈ないよ! なんでそんな意地悪言うの?」
蓮太郎 「椿は元々こういう人柄ですよ?」
オティス「そ、そうなの?」
椿 「化け物に拉致されて五体満足で帰って来るとは思わん、帰ってきて何か不都合があるなら人に害や仇を成す。助けた後の世話や面倒事も纏めて引き受けてくんなんすか? オティスさんが」
アニ 「そんな言い方って!」
椿 「そさま達が人を助ける勇者様だったとして、助けた後に放置するなら助けない方がマシでありんす。放っておきなんし」
アニ 「そんなこと言って・・・、死んじゃったらどうするの?」
椿 「その程度で死ぬなら今死んだ方がいっそ楽でありんしょうな?」
オティス「・・・見捨てるんだね」
椿 「助ける必要のない命でありんす」
オティス「そんな命、ないよ。救える命なら、救うのが私だ。そのまま死なせるよりはずっといい」
椿 「判りんした・・・。そんなら、その無駄な救助の顛末(てんまつ)、わっちに見せてくりゃれ? 遅かれ早かれ、死にんすよ?」
オティス「今、生きててほしいんだ」
椿 「蓮太郎、わっちもオティスさんに付いて行きたいけど、一緒に来て貰っていい?」
蓮太郎 「いいけど・・・。物好きだな」
桔梗 「椿姐さん。けど、あの・・・」
椿 「助けを求めたんはおんしでありんしょう桔梗? 大人しく部屋で初見世の支度をしておりなんし。無駄に邪魔をしんすな」
オティス「あの、私なら大丈夫だよ。ひとまずこの世界に魔法が普及していないならそうそう倒れたりしないし」
オティス「桔梗さんが言ってた裏路地ってこの辺りだよね・・・」
アニ 「町がすごいよ、いっぱい建物がある! こんなの1日かかったって見付けられないよ!」
椿 「だんなさん、華屋若衆の颯太を探しておりんすが、見掛けておりんせんか?」
蓮太郎 「椿、七軒庵(しちけんあん)の亭主が昨日の暮れ六つ前に桔梗さんと二人で斜向(はすむ)かいの路地に行く二人を見掛けたそうだ」
アニ 「すごぉい・・・、人捜し・・・、慣れてるね。二人とも」
蓮太郎 「俺はここで生まれて育ちましたから」
アニ 「え? じゃあ、この町から出た事は、無いの?」
蓮太郎 「俺はありますよ? 比較的良く出掛けますが、椿は出られません」
オティス「椿ちゃんもここで生まれたの?」
椿 「・・・、わっちの産まれはもう少し北に行った方の城下町でありんす」
アニ 「え? じゃあ、あの。えっと・・・、この町でお仕事してるって、お父さんもお母さんも心配してるんじゃないの?」
椿 「ふふっ」
アニ 「え? どうして笑ったの? 今」
椿 「面倒臭いから説明しない」
アニ 「なんでーーーー?!?!」
オティス「い、いろいろ事情があるんだよ、きっと・・・、ね、アニちゃん、落ち込まない」
アニ 「お姉ちゃん、あたし・・・、椿さん苦手かも・・・(小声)」
オティス「あ、ははは。まあそうかもね」
椿 「二人が行った裏路地の先は西河岸(にしがし)。あっちでありんす、探しに行くならどんぞ」
オティス「え? 椿ちゃんは行かないの?」
椿 「行きんせんよ? 西河岸(にしがし)なんて。手前までなら案内もしんすけんどそれ以上は行きんせん」
オティス「あ・・・、そ、そうなんだ?」
蓮太郎 「済みません。西河岸(にしがし)や羅生門河岸(らしょうもんがし)の方は治安が悪いので、身なりの良い花魁は狙われやすいんです」
オティス「そういう事か、うん、椿ちゃん高そうなもの身に着けてるもんね」
蓮太郎 「ただ、見掛けたのが昨日だというなら痕跡は残ってないと思った方がいいでしょうし、居たとしたら死体です」
アニ 「・・・え?」
オティス「・・・そういう、世界なんだね」
椿 「行方不明で1日見付からなければ生存の確率は低い。それでも、探しに行くんでありんしょう? オティスさん?」
オティス「・・・、行くよ。探しに」
椿 「わっちはもみじ屋に行っておりんす。蓮太郎、道案内してあげられる?」
蓮太郎 「判った。椿、ちゃんとまっすぐもみじ屋に行くんだぞ」
椿 「うん」
オティス「厳しいね、椿ちゃんは。一言一言が重い。私達も決して楽な世界じゃないけど、刺さるよ」
蓮太郎 「気にしなくていいのでは? 助けて戴けるという事に感謝はすれど、あなた方の世界が楽でない事も俺達にはどうにも出来ません」
オティス「蓮太郎、君もね? もう少し言葉を選ぶとかさあ・・・、そろそろ泣いちゃうかも」
蓮太郎 「椿の言葉の厳しさは定評がありますよ? 牡丹花魁や女将ですら辟易(へきえき)する事があります」
オティス「最初の可愛らしさはどこ行ったー?」
蓮太郎 「大抵の方が陥(おちい)る罠ですね。楽しませて戴いてますよ?」
オティス「君さあ、蓮太郎」
アニ 「西河岸(にしがし)、だっけ? 来てみたけど何にもないね? その、うーんと、治安が悪いって言ってたけど、えと、その」
蓮太郎 「死体もない、ですか?」
アニ 「う・・・、うん」
蓮太郎 「死体掃除は辰の刻(たつのこく)に入りますので、その後では亡くなった方も判りませんね」
アニ 「じゃあ、その亡くなった人たちって、ドコに連れて行かれるの?」
蓮太郎 「妙久寺(みょうきゅうじ)という供養(くよう)の寺ですが、投げ込み寺です。掘った穴に纏めて棄てますからその中に颯太さんが居たとするなら判りません」
アニ 「纏めて、捨てるって・・・? 遺体を? それに『掃除』って・・・やっぱりこの町おかしいよ! 死んだ人に敬意を払って供養(くよう)するとか、もっとあるでしょう?! ねぇ!」
蓮太郎 「おかしいですよね。ですが、アニさん。この町で生き抜く為の椿の強さの結果があの言葉です。随分と幸せに育ってきたのでしょう? 椿は、父親に四百両の借金を背負わされて若山に売られました。同情をされたくないから椿は面倒臭いという言葉で片付けました」
アニ 「お父さんに・・・、売られたの・・・? え? なんで? 売る? 娘なんでしょう? 四百両って・・・、320万メナ?」
蓮太郎 「ですね」
アニ 「・・・、あたし・・・、っ・・・、う・・・、苦手って言ってごめんなさい・・・っ!」
オティス「アニちゃん・・・」
蓮太郎 「だから他人に攻撃的で口が悪いのを赦せとは思いませんが?」
アニ 「へ?」
蓮太郎 「割と誰にでも喧嘩腰なんで厄介事揉め事が日常茶飯事なんですよ。もう少し大人しくなってほしいです」
オティス「見渡す限り何もないんじゃ、収穫なし、か。それ以外の情報を集めよう」
威津那 「そこな娘。そなた、名をなんと申す。美しい娘じゃ、答えよ、良い香りも漂っておる」
椿 「・・・」
威津那 「妾を無視するとはいい度胸じゃ。良かろう、名を聞かずとも食らうに申し分はない。そこに直れ」
椿 「春の晴(は)れ晴(ば)れ、陽気うららかにて花咲き乱れて狂うも已(や)む無し」
威津那 「なんと?」
椿 「木の芽が吹くこの季節はキチガイも多くなりんす?」
威津那 「妾をキチガイと申すか?! 不敬であるぞ! 九尾狐の長たる妾(わらわ)になんという無礼者じゃ」
椿 「狐・・・。さて餌は何を食べんすか? あげるから食べたらさっさと山へお帰り?」
威津那 「ほう? それならば許してやろう。娘、その首から血を戴こうぞ!」
椿 「え・・・? きゃ・・・っ!」
蓮太郎 「あと、暮れ六ツ(くれむつ)に営業していると言えば引手茶屋(ひきてぢゃや)ですね」
オティス「じゃあ、この周辺の引手・・・、茶屋、だっけ? 当たって見ようか。どういう店なんだろう・・・」
アニ 「あれ・・・? あそこに倒れてるの椿さんじゃないの?!」
威津那 「美味い血じゃの。生娘ではないがこうも薫り高い血を持つ者がおるのじゃな。はむ、ちゅ、まるで桃の花の様に馨(かぐわ)しく、味は実じゃな。これは堪らぬ、うむ、じゅる」
蓮太郎 「・・・っ?! 椿!!」
威津那 「ぬ・・・? 小僧!! 食事の邪魔をするでないわ!!」
蓮太郎 「子供? 尻尾? 椿?!」
椿 「・・・ぅ、ん・・・、ぁ・・・、れ、ん・・・」
アニ 「椿さん!」
蓮太郎 「椿・・・、・・・、貴様!」
オティス「化け物退治は私の役目だ! 退いて! 蓮太郎」
アニ 「よかった・・・。蓮太郎さん! 椿さん生きてるよ! 大丈夫だから! うぅー、もうちょっと治癒力無いと。でも、大丈夫だから、絶対に何とかするからね!」
威津那 「貴様ら何者じゃ! 妾に刃(やいば)を向けるとはいい度胸じゃ! 返り討ちにしてくれるわ!」
オティス「炎!?まずい、蓮太郎避け・・・っ?!」
アニ 「きゃあああ! 何か飛んでった!! って、氷の刃(やいば)? え、蓮太郎さん?」
オティス「何アレ?」
蓮太郎 「殺す!」
オティス「は? めっちゃ怒ってる??」
アニ 「うわぁ! 手の甲の紋章が光ってるー!?」
オティス「勇者特権とは、少し違うのか・・・? あれは」
威津那 「人間如きにやられる妾(わらわ)だと思うなよ! 『火炎散華(かえんさんげ)・乱れ打ち』!!」
蓮太郎 「その程度の攻撃で優位に立ったと思うな!」
オティス「え・・・? あれ? もしかして蓮太郎の戦闘スイッチって椿ちゃん? めっちゃ速くない??」
アニ 「炎系の魔法弾全部避けてるよ?? うそ・・・」
威津那 「ほほぅ、なかなかやるではないか。ではこれはどうじゃ? 『蛇炎誘導(じゃえんゆうどう)――』っ! ぐ、は・・・っ!」
蓮太郎 「少々妙な技を使えるからと侮るな」
威津那 「わ・・・、きざし、如きで・・・、妾が・・・、そんな」
蓮太郎 「妖怪でも心臓は急所だろう、死ね」
威津那 「ぅぐぁあ!!」
オティス「氷魔法で移動範囲を抑え、敵の背後を取って下段から足の腱を切り動きを封じて心臓に一撃・・・。全っ然無駄がない上に速さがある。下手な特権持ちより強いわ、うん」
蓮太郎 「椿・・・」
アニ 「気を失っちゃったけど、出来る限りの回復はしたから」
オティス「アニちゃん、自分の体力削ったね?」
アニ 「へへへ、ちょっと足りなかったや・・・でも、椿さん生きてるよ」
蓮太郎 「ありがとうございます。オティスさん、アニさんを華屋に連れて行けますか? 俺は椿を抱えるので」
オティス「判った。休ませて貰えるんだよね?」
蓮太郎 「休ませて貰えないなら俺の部屋でも別に宿でもとりますから。食事でも魔力は供給できるんですよね?」
オティス「多少だけど出来るよ」
蓮太郎 「戻ります・・・。・・・? 狐・・・、本体は消えて尻尾だけが残っている。・・・どういう事だ」
ヴァン 「様子を見に来てみれば、これか。余計な事をしたね威津那。まぁいい・・・、尻尾が残っていれば再生は可能だ」
颯太 「何だったんだ? 今のは」
ヴァン 「あの内二人は僕も良く知っているが、残りの二人を知っているかい?」
颯太 「あの子供を殺したのが蓮太郎・・・、倒れてたのが椿花魁だ。けど、蓮太郎・・・、あんな子供を躊躇いもせずに」
ヴァン 「人は自分に仇成すものには容赦がないからね。そして大切なものを守ろうとする時にも同様だ」
颯太 「守りたいものか。・・・、あいつ、ああやって卑怯な手で楼主(おやかた)を脅迫して今の立場を持ってるとか」
ヴァン 「有り得るだろうね。己の座る椅子を守りたいと思うのが人間だ。そういうものを、僕はよく知っている」
颯太 「は・・・、だとしたらとんだ茶番だ。椿花魁も見事に騙されて」
ヴァン 「威津那が食った娘、椿と言う名前なんだね。いい波長を持っていた。美しさも然る事ながら、あの生命力の高さは捨てがたい。あれをただ威津那の餌にしてしまうには惜しいな、生きたまま欲しい。つくづくこの町は僕の研究に相応しい場所だ」
颯太 「変な技を使っていた。あの蓮太郎を、俺は殺せるのか?」
ヴァン 「あぁ、勿論だとも。そのための力を、君は手にしたんだ」
颯太 「桔梗に逢いたい、桔梗・・・、あいつは嫌いだ、邪魔だ・・・、死ねばいいと思っているのに、いつもいつも、桔梗は」
ヴァン 「すまないね。君の欲望がそこまで強いと判っていれば、もう少し段階を踏んで調整したんだがね」
威津那 「失敗したのじゃな?」
ヴァン 「目覚めたようだね、威津那。血流に乗って運ばれる妖力を収集して流し込むこの装置は役に立ったようだ」
威津那 「妾への貢献褒めて遣わそう。しかしもう少し手早く蘇生せい」
ヴァン 「再生時間も早い。消えた肉体と残留する尻尾。なるほど、君の再生の鍵はその尻尾にあるようだね」
威津那 「妾の質問に答えよ。ソレは使い物になるのか、ならぬのか」
颯太 「だいたい蓮太郎は年下の癖に、いつも生意気なんだ」
ヴァン 「まだ検証中だよ。解答を出すには早い、もう少々待ってくれないかな?」
颯太 「楼主(おやかた)は俺の努力をちゃんと見ていた筈なのに、それなのにほんの少し盛り付けが気に入らないと膳を下げる」
威津那 「ぶつぶつと、喧(かしま)しいの?」
颯太 「桔梗だってそうだ、本当はあいつが好きなのに諦めて俺と一緒に居るんだ、敵わないから」
威津那 「欲望が多すぎるのではないか? そやつ。自らの立場に桔梗と言うおなご。昔から言うではないか、二兎を追うものは一兎をも得ず、と」
ヴァン 「ふむ・・・。欲求値が同列に並んでいる為に同期回路の動きを遮っている。検討の余地はあるね」
威津那 「ならば一つ、より高い欲求を満たせば許容範囲とやらが増えてそなたのやりたい事が可能にあるのではないか?」
ヴァン 「回路修復が容易(たやす)くなる可能性もある・・・、となるほど?」
威津那 「邪念が多いのも困りものよな」
ヴァン 「君の欲求はどちらの優先度が高いのだろう?検証の方法があればいいが、どうかな」
威津那 「どっち付かずのこの状況では両方失敗しかねぬな」
ヴァン 「ん、君が何かするのかい?」
威津那 「妾のする事に口出しするでないぞ? 『袱紗(ふくさ)・塵埃避け(じんあいよけ)』。一つ、其(そ)の志(こころざし)よ、今は隠せ」
ヴァン 「なんだい、それは」
威津那 「妾の術は精神作用の大きい物程効果が出る。精神を落ち着かせる為に心を楽にしてやったのよ」
ヴァン 「ほぉ? 優しい所があるんだね?」
威津那 「馬鹿め、優先度の低い欲求の方を一時的に風呂敷で包み隠しただけの様な物。消えた訳ではないわ」
ヴァン 「解けた時の跳ね返りを考えると恐ろしいね。依存性の高い薬のようだ」
威津那 「そら、颯太、しゃきっとせぃ」(パンッ手を叩いて下さい)
颯太 「あ・・・、アレ? お、れ、は・・・?」
威津那 「お主が使えるか否かは判らぬが、ひとまず我等の束縛から解放してやろう。好きにせい」
桔梗 「颯太・・・っ?! 本当にいた!」
颯太 「桔梗・・・! 良かった、無事だったんだな」
桔梗 「・・・? 何を言っているの? わっちは無事だよ。大変だったのは颯太の方じゃありんせんのか? 身体は、大丈夫? 怪我は? してない?」
颯太 「え・・・? 俺、が?」
桔梗 「その、裏茶屋なんかに呼び出すから、本物かどうか疑ったけど・・・。違う人が来たらどうしようって、ちょっと怖かったんだから」
颯太 「ここ・・・、裏茶屋?」
桔梗 「・・・、あの、本当に・・・、大丈夫なの? 颯太・・・。このまま帰って仕事できる?」
颯太 「仕事・・・? 仕事って」
桔梗 「お料理番だよ? 颯太本当にどうしちゃったの? こんなんじゃ帰っても蓮太郎さんに迷惑掛けちゃうじゃない!」
颯太 「蓮太郎・・・、蓮太郎? あいつ、あいつは・・・っ!!」
桔梗 「あいつって・・・、しっかりしてくんなんし! 颯太! 蓮太郎さんはお父さんに大事にされてた人なんだよ。すごくしっかりしてる人なのにそんな言い方したらダメだよ!」
颯太 「桔梗、なんで、あいつの肩持つの?」
桔梗 「肩を持つって・・・、何が? 意味が判らないよ・・・」
椿 ―――『化け物に拉致されて五体満足で帰って来るとは思わん、帰ってきて何か不都合があるなら人に害や仇を成す』
桔梗 「・・・っ! しっかりしてよ!! 颯太!! そんなんじゃ華屋を追い出されちゃうよ!!」
颯太 「何がだよ・・・、何がそんなに出来てない? 俺は物心ついた時から板前の親父について包丁握ってたんだよ! 親父が死んじまったから食っていけなくて遊郭で働いてるけど、本当は娑婆(しゃば)の人間なんだ!! こんな所にいるやつに負ける筈もないのに」
桔梗 「・・・、こんな、所?」
颯太 「そうだよ!! どうせ外に出たって生きて行く道なんかないやつが偉そうに十九で料理頭なんて! 娑婆なんかじゃ絶対にありえない立場で命令ばっかしやがって!」
桔梗 「ぱーん(平手打ち:手を叩くなどで表現して下さい)」
颯太 「・・・っく、・・・何、すんだよ!」
桔梗 「こんな所だなんて、そうやってわっちの事も見下げてたんだね!」
颯太 「え、や・・・、そうじゃなくて」
桔梗 「嘘吐き!! 颯太が大門の外で生きていける人だってことくらい知ってるよ!! けど、それでも華屋に残ってわっちを待ってくれるって言うからわっちは・・・、わっちは・・・っ!!」
颯太 「なんだよ、結局言い掛かり付けて、別れようとして来るんだな、桔梗は」
桔梗 「判ってよ! わっちは女郎なんでありんす! もうすぐ初見世でお開帳する! 昼夜と男の精を抜くんだよ! 同じ見世の若衆と同衾(どうきん)するのはダメなんだよ! 本来は間夫(まぶ)だってダメなの! 颯太を信じたいけど・・・、十年は長い。まだ恋し始めたばかりだから今なら、まだ裏切られても大丈夫なんだ! 傷付きたくないんだ!!」
颯太 「馬鹿だな。そんなの、こうしてしまえばもう離れなくて済むだろう?」
桔梗 「え・・・、何して・・・? ぇ、や!! 颯太!! やめて!!」
颯太 「抱いてしまえばもう迷う事もない!! そうだろ?! 桔梗!」
桔梗 「やだ!! ダメなんだってば!! 颯太、やめて!! いやぁあああああああああ!!」
威津那 「そなた、同期の際に感情の弁でも壊したのではないか?」
ヴァン 「弁を・・・?」
威津那 「妾(わらわ)の袱紗術(ふくさじゅつ)が効かぬというのは大した侮辱を受けたものじゃな。あやつ、この爪で引き裂いてやるわ」
ヴァン 「あ。そうか、そうだった」
威津那 「なんじゃ? 何を納得しておる」
ヴァン 「工程を一つ飛ばしていた。端末として同期を取るためには本人の同意が必要なんだ。一種の防護機構のようなものでね、同意を取らずに施術を進めると互換レベルが著しく悪くなり、最悪失敗する。そう計算上で弾き出されていた」
威津那 「そんな間違いをしておったのか、この痴れ者めが!!」
ヴァン 「今までの端末は皆快諾してくれていたんだ、今回もそうだと思いこんだまま確認するのを忘れていた。しかしこの事例を見るのは僕も初めてでね、記録に残しておかねばならない。そうかそうか、なるほど。この先の経路がどうなるか僕としては非常に興味深い」
威津那 「失敗した癖に嬉しそうじゃな、おかしくなったのか」
ヴァン 「失敗と言うのは経験値だよ、威津那。そこから新たな叡智(えいち)が生まれることもある。例えば僕の魔の鎖なんかは――」
威津那 「知らぬわ、そのような事。そなたのせいで妾の経歴に汚点を残しおってから、赦さぬぞ! しかも繰り返し使えると思ったおなごを穢しおった!!」
ヴァン 「壊れた時計が空回りするとどの歯車が飛ぶんだろうね? 興味深い、この先に待つ結論が非常に興味深いよ」
威津那 「知らぬと言って・・・、待て、あの失敗作は憎んでいる男の名を何と言ったか」
ヴァン 「確か『蓮太郎』と言っていたよ」
威津那 「では、妾に忌々しい屈辱を与えた小童(こわっぱ)の名をなんと申した」
ヴァン 「あぁ・・・、『蓮太郎』、だね」
威津那 「くふふ・・・、挽回の機会をくれてやろう。上手くあの小童(こわっぱ)を討てばそれもよし」
颯太 「なぁ、いつまで泣いてるんだ? 桔梗」
桔梗 「ぅ・・・、っ、ひっく・・・、ぅ・・・く」
颯太 「そんなに俺に抱かれたのが気に入らない? やっぱり蓮太郎じゃないと嫌だった?」
桔梗 「何度言ったら判るの? 蓮太郎さんは信頼できる人だけど、そんなんじゃないって」
颯太 「じゃあ、どうしてそんなに泣くんだ?」
桔梗 「約束してくれたじゃない・・・、年季明けまで待つって! あたしが!生娘(きむすめ)じゃないって見世に知られたらどうなるかも知ってる癖に!! 颯太は・・・、守ってくれるって約束してくれたじゃない・・・、あたし、どんな顔して見世に戻ればいいの?」
颯太 「そのしきたり、絶対間違ってると思うし、そう思ったら今まで我慢してたのがバカバカしい」
桔梗 「椿姐さんと蓮太郎さんは守ってるじゃない!」
颯太 「あいつさ、蓮太郎・・・、地鎮祭の前、偉そうに何言ったと思う?」
桔梗 「・・・? ちょっと離れてこそこそ話した時? 聞こえなかったもん、知らないよ」
颯太 「寝るなってさ、桔梗と」
桔梗 「何それ・・・、そんなに心配して貰って、年下なのに! きっと蓮太郎さんは前回辰巳(たつみ)さんが亡くなった事に痛みを感じてるから!! だからそう言ったのに!! それすらも判らなくなっちゃったの?」
颯太 「あー、そうかー・・・。律儀に守ってんのなんかあいつらだけじゃん?」
桔梗 「・・・、何、言ってるの? 颯太」
颯太 「あいつらが居なくなったらさ、華屋の秩序ってどうなるんだろうな」
桔梗 「・・・え・・・? 何、言ってるの?」
颯太 「秩序がどうの我が物顔で華屋にいるあの二人が鬱陶しいと思ってる連中がどれだけいると思う?」
威津那 「良い処に気付いたのう? 褒めて遣わす」
桔梗 「ひ・・・ぅ!!」
威津那 「安心せぃ、生娘でなくなったそなたの血など要らぬわ。稀に見る馨(かぐわ)しいのもおるがそなたは違う様じゃ」
ヴァン 「そうだね、では僕が貰い受けるのに異論はないね? 威津那」
威津那 「物好きじゃの? 好きにせい。穢れた身体をどう料理しようが妾の知った事ではないわ」
ヴァン 「匕首(あいくち)、と言うのだったかな。武器をあげよう。君のお手並み、拝見させて貰えるかな」
颯太 「匕首(あいくち)、こんなものなくても台所には腐る程、刃物がある」
ヴァン 「それは失礼した。だが、本人を前に得物を用意するより、先に用意をしておいた方が効率的ではないかな?」
颯太 「先手必勝か・・・、いいな、それ」
桔梗 「やめてよ・・・、やめてよ!! あなた達何を考えているの?! 颯太もわっちもおんし等の道具じゃありんせん!!」
ヴァン 「道具? そんなふうに思ってはいないよ。だから自由意思を尊重しているんだ。そして望みを叶えるべく、手伝いをしているんだよ」
桔梗 「飾り立てた言葉で! 颯太を唆(そそのか)しているだけじゃない!! 颯太!! こんな事やめてよ!」
颯太 「放せよ!」
桔梗 「蓮太郎さんや椿姐さんを傷付けたら許さない!! ・・・ううん、もう、何もかも許せない!」
颯太 「こんな雁字搦(がんじがら)めなしきたりに従うなんて懲り懲りなんだよ!」
桔梗 「秩序を乱せば罰を受ける!!」
颯太 「うるさいんだよ!!」
桔梗 「え・・・あぁあぁあぁあぁあぁあ!?」
颯太 「あ、え・・・?」
威津那 「くふふ・・・っ、なんとまぁ、愛し恋人の腕を落とすとは」
ヴァン 「その匕首(あいくち)には少々「こちらの技術」で細工をしていてね、見ての通り軽く振るだけで腕を落とすほどの威力だ。多少武力に違いがあれど戦えるように、僕からの贈り物だ。気に入ってもらえたかな?」
颯太 「桔梗・・・?」
威津那 「不憫じゃな」
桔梗 「あぅあぁ! あっ・・・、あ・・・」
ヴァン 「大丈夫、君は本懐を果たしに行っておいで。この少女は僕が治療しておくよ」
颯太 「そうか、それなら・・・、今は申三(さるみ)つ刻(どき)、丁度台所入りしている頃だ」
桔梗 「そう、た・・・、だめ・・・、ぁ、・・・いや、痛・・・、あぅ、そう、た・・・」
威津那 「妾はその男について行くぞ。とどめをさせるならばそれに越した事はない」
ヴァン 「好きにするといい。ああ、動いてはだめだよ。切り口は・・・ふむ綺麗だ。元に戻すのに支障はなさそうだ」
桔梗 「・・・何の為に、こんな事を、するの・・・?」
ヴァン 「探究心と言えば判るかな? 叡智(えいち)と言うのは試してみて初めて結果が出るものだからね」
桔梗 「・・・っ!!」
ヴァン 「鍛冶場の・・・、何と言ったかな。追いかけるとは素晴らしい気骨の持ち主だ。仕方ない、僕も付いて行こう」
蓮太郎 「今日の料理品目、確か考案が颯太さんだったから居ないと、難しいな」
颯太 「安心しろよ、もう二度と迷わなくていいんだから」
蓮太郎 「ん・・・? 今の声、どこから」
威津那 「助太刀しようぞ。『沈香(じんこう)・霞(かすみ)舞(まい)』」
蓮太郎 「なんだ・・・? 霧・・・、いきなりなんで」
椿 「うひゃあ、何も見えないよ、何これ」
蓮太郎 「椿? なんでいるんだ?! まだしっかり体調が戻ってないんだから寝てろって言われてるだろう?!」
颯太 「年貢の納め時だ! 覚悟しろ!! 蓮太郎!!」
アニ 「蓮太郎さん!! 二時の方向!! 変な気配する!!」
蓮太郎 「二時? 時計?! ・・・っ!! そ・・・、颯太、さん?」
アニ 「お姉ちゃんと一緒に桔梗さん探しに行ってたんだ! あたしもサーチで探してたんだけど、気が乱れておかしい感じがしたから来たの!」
威津那 「小娘が妾の気を察知するとは小賢しい!!」
アニ 「っ、あの時の!!」
蓮太郎 「鬱陶しいなこの霧!! 散れ!!」
アニ 「うわぁああ、突風ぅ! って、え? 蓮太郎さんて水属性じゃなかったの?!?!」
蓮太郎 「何ですか? それは」
アニ 「紋章が・・・、違う色に光ってる・・・! 前は水色で、今度は緑?」
颯太 「こっちを見ろ蓮太郎!!」
アニ 「颯太さん!! なんでそんな事するの? 蓮太郎さんと仲良かったんじゃないの?」
颯太 「仲が良いだって?! はははっ、ふざけるなよ!! ずっと俺を見下し続けてたやつが表面上の馴れ合いで同朋だの先達だの勝手な事を言いやがって」
アニ 「なんで? そんないきなり変わっちゃうなんて!」
威津那 「人も世界も変貌変革進化し続けるものじゃぞ? 小娘。時代に取り遺されたくなくば現状を受け入れるのじゃな」
アニ 「あなたの、仕業なの? なんで、そんな事するの!!」
威津那 「残念じゃがこやつを狂わせたのはこやつ自身よ。脆弱な精神で出来もせぬ志を抱えるから欲求が暴走して収拾がつかなくなる」
アニ 「きっかけがないと、ここまでにはならないよ! あなたが焚き付けたんだよね?!」
颯太 「ごちゃごちゃ喧(やかま)しい!! お前も! 道連れだ!!」
アニ 「させない!!」
桔梗 「もうやめて!! 颯太!!」
椿 「桔梗・・・? ・・・っ?! き、きょう・・・、おんし・・・、おんし、腕をどなんしんした?!」
桔梗 「ごめんなさい・・・、あは、疫病神はわっちでありんした・・・。ごめんなさい」
椿 「何を言っておりんすか!! 誰が、こんな事を!!」
桔梗 「牡丹姐さんに、ごめんなさいって・・・、わっちは・・・、颯太に・・・、奪われ・・・んした」
椿 「・・・っ?! そう・・・、た?」
威津那 「そうじゃ、破瓜(はか)も腕も奪ったのはそこの男よ。妾に言い掛かりをつけるなぞお門違いにも程があるぞ?」
桔梗 「守れなくて、ごめんなさい・・・、借金はなんとか」
椿 「もういい!! もういいから!! 桔梗!! 何とかするから、大丈夫だから!!」
桔梗 「牡丹姐さんに、会えない・・・、会わす顔が、ありんせん」
椿 「・・・颯太・・・、おんし・・・っ!」
蓮太郎 「ご存知ですか? 腕や首、人の身体を一刀両断で落とすにはそれなりの技術がいるんです」
ヴァン 「ほう?よくそこに気付いたね」
蓮太郎 「颯太さんは元が板前(いたまえ)の家系ですから刃物の扱いは手馴れているでしょう、ですが捌(さば)けて魚です。人を切る為に鍛えた訳ではない。誰かが何かの力添えをしなくてこんな事出来る筈がないんです」
ヴァン 「そう、彼が持つその匕首(あいくち)に少々細工を施させて貰ったよ。君は何らかの加護を受けているだろう、そして元々の武力が高い。お膳立てくらいするさ、彼のためにもね」
颯太 「邪魔を!! するな!!」
蓮太郎 「くそ・・・っ!」
桔梗 「例え三下(さんした)に貶められても、わっちはこの責任を負いんす」
椿 「何言ってるの? 桔梗!」
桔梗 「だから・・・、お願い・・・、颯太を、殺さないで・・・」
蓮太郎 「・・・っ!」
アニ 「・・・酷い事をするんだね・・・。ヴァンハーフ!!」
ヴァン 「ひどい?僕は彼の望みを叶えようとしているだけだよ」
アニ 「普通に幸せそうだったじゃない! 変な事して狂わせておきながら、望みを叶えるだなんて言い方で誤魔化さないで!」
威津那 「姦(かしま)しいおなごじゃの」
アニ 「そこの狐さんだって! けしかけたり椿さん狙ったり変な事ばかりしてるじゃない!! それのどこが酷くないの?!」
威津那 「主にはわかるまいよ? のう、共犯者」
アニ 「なにがよ!!」
ヴァン 「男女の中には愛が芽生えるのが自然の摂理だよ。恋をした事がない君には判らないかもしれないけどね」
アニ 「うるさい!気持ち悪いことばかり言って!」
威津那 「共犯者が愛を語るのが気持ち悪いのは妾(わらわ)も同意するぞ」
蓮太郎 「いい加減に!! して下さい!!」
ヴァン 「氷柱(つらら)で地面に縫いとめるとは、裁縫が得意かな?」
颯太 「ち・・・くしょう!!」
威津那 「愚か者め。妾(わらわ)の使う技が何か知っておるか。『火炎(かえん)・蛇走(じゃばし)り』。さぁ、その小童(こわっぱ)に疾(と)くトドメを刺せ」
颯太 「ふはは! 死ねぃ!! 蓮太郎!!」
桔梗 「やめてぇえぇえ!! あ、ぐぁ・・・っ」
椿 「桔梗ーーーーー!!!」
蓮太郎 「くそ! 颯太さんの影でごそごそと! 俺が怖いか駄(だ)狐(こ)!!」
威津那 「・・・なんと言った。小童(こわっぱ)」
ヴァン 「挑発に乗ってはいけないよ、威津那。君は覚醒途中なんだ、それを自覚してくれないかな」
桔梗 「は・・・、は・・・」
アニ 「桔梗さん! しっかりして、刺し傷・・・、手に力を集中させて」
颯太 「はははは!! 蓮太郎! お前を殺して椿花魁を送り込んだらそれで終わ・・・っ、が、ぁ?!」
オティス「人は駒じゃないぞ、ヴァンハーフ」
蓮太郎 「颯太・・・、さん」
オティス「遅くなって、ごめん。もう助からないよ。こいつの実験に使われてまともに生きてる人間を、私は見たことがない」
蓮太郎 「・・・っ」
オティス「良心の呵責で殺せないなら、私がやる。これ以上被害を出すわけにはいかない」
桔梗 「あ・・・、ぁ、あ、あぁ・・・、あ・・・、い、や・・・、いや!! 颯太!! 颯太あああああ!!!」
オティス「ごめんね、桔梗ちゃん。このままじゃ余りに犠牲が大き過ぎる。私を恨んでいいよ」
威津那 「存外、面白くない結末じゃな? 妾は帰る」
ヴァン 「そうだね、僕も共に帰ろう――と言いたいところだが『流星貫矢(ケイローン・ショット)』」
オティス「ぅあっ! くっそ置き土産にしては派手な技使いやがって!!」
ヴァン 「『魔の鎖』。彼女は貰って行くよ」
椿 「あっ! 桔梗!!」
桔梗 「・・・っ!」
オティス「させるか!」
威津那 「『伏見(ふしみ)・雲隠(くもがく)れ』さらばじゃ」
オティス「消えた・・・? 術式もなく転移したってのか? そんな馬鹿な!!」
威津那 「そのおなご、連れて来てどうするのじゃ」
ヴァン 「君の食事とするには程遠い事は知っているよ」
威津那 「当たり前じゃ。飢えて死にそうになってもあのような男に穢(けが)されたおなごなぞ食うか」
ヴァン 「まずは、腕の接合だ、っと」
桔梗 「ぅああぁあぁあぁあぁあ!」
ヴァン 「すぐに接合すればそこまで痛みはなかっただろうけど、逃げ出したのは君だからね。我慢してほしいな」
威津那 「あぁ、あぁ、喧(かしま)しい事この上ないわ。殺してしまいたくなる」
ヴァン 「短気は損気、という言葉がある。僕が女性を連れてくるのは君の食事の為だけではないよ」
威津那 「じゃから、何をするかと聞いておる。疾(と)く答えよ」
ヴァン 「君の願いを実行する為の足掛かり的な実験として使おうと思っているんだ」
威津那 「妾の、願い? 眷属(けんぞく)の話か」
ヴァン 「そうだよ。適合者の目処は付いているけど、僕も初の試みだからね、希少な適合者を最初から使うのはリスクが高い」
威津那 「なるほど? 最初にその娘で試してからという事じゃな?」
ヴァン 「『彼女』と同じ境遇で育っているこの娘はおそらく生活習慣も似通っているだろう」
威津那 「かけ離れた境遇では実験結果の相違が許容範囲かすら判らぬでな。なるほど、妾の事をきちんと考えていたのならばよい」
ヴァン 「忘れたりはしないよ。この実験は僕にとっても重要なんだ。結果は是が非でも持ち帰りたい」
威津那 「それより、今一人の共犯者は来ないのか」
ヴァン 「あぁ、忘れていたよ」
威津那 「忘れるな愚か者め。彼奴(きゃつ)の酒あってこそ妾(わらわ)の復活に至ったのじゃろうが」
ヴァン 「そうだったね。転移の際に着地地点の誤差が生まれたようだから、そろそろこちらを見つけてくるだろうね」
威津那 「して、その共犯者は役に立つのか」
ヴァン 「『彼女』ほど心強い者はいないと思うよ。特にこの町では」
威津那 「では楽しみにしようかの? 妾(わらわ)はしばし眠る故、しかと務めよ」
ヴァン 「あぁ、ゆっくりお休み・・・君が完全復活を遂げた時、この世界はどのように変貌するのだろうね。終焉を知らせる笛を鳴らそう。僕は・・・その先の「未来」が見たい」